新しい高血圧管理・治療ガイドラインに関して(院長)
2025年8月に日本高血圧学会の「高血圧管理・治療ガイドライン」が6年ぶりに改訂されました。ガイドラインとは治療の指針となるもので、その改定は日常の臨床に大きな影響があります。今回は、新しいガイドラインの内容をご紹介し、それに対する私の疑問点に関しても記載させて頂きます。
Ⅰ.新しいガイドラインの内容
改訂前のガイドラインでは、降圧目標は75歳を境に区分されていました。改定の要点は、”75歳以上の降圧目標を10mmHg引き下げて、75歳未満の降圧目標と同一にした”ことです。いわゆる『降圧目標の厳格化』です。
降圧目標(診察室血圧)
75歳未満 改訂前
130/80mmHg未満
改定後
130/80mmHg未満
75歳以上 改訂前
140/90mmHg未満
改定後
130/80mmHg未満
Ⅱ.ガイドライン改定の根拠
改定は海外(米国、中国)での二つの大規模臨床試験の結果に基づいています。米国の研究では約9300人の高血圧患者を対象とし、“収縮期血圧が140mmHg未満(標準治療群)よりも120mmHg未満(強化治療群)の方が、心筋梗塞や心不全などの心血管疾患のリスクが25%低く、全死亡リスクも27%低下しました。”中国の研究では60~80歳の8511人を対象とし、収縮期血圧が130~150mmHgまで(通常治療群)と110~130mmHgまで(厳格治療群)を比較しました。結果としては“3~4年間の血管系疾患の発症率は、通常治療群の4.6%と比べて厳格治療群では3.5%と低値でした。”2つの研究では、血圧の厳格な管理により将来の心血管系疾患のリスクが予防できることが示されており、世界の高血圧治療ガイドラインに影響を与えています。
Ⅲ. 各国での高血圧管理基準
米国では2017年に75歳以上も含む高血圧の降圧目標を130/80mmHg未満に設定しました。EU(ヨーロッパ連合)の基準も130/80mmHg未満と同様です。
一方、WHO(世界保健機関)は140/90mmHg未満、英国や中国は150/90mmHg未満です。世界では国によるバラツキが大きく、米国やEU、日本の降圧目標はかなり厳格な部類に入ります。
Ⅳ.新しいガイドラインへの疑問点
高血圧は加齢とともに増加し、大半は動脈硬化が原因です。動脈硬化による血管の変化にも関わらず身体の臓器の血流を確保するためには、より高めの血圧が必要となります。高血圧を有する高齢者、特に75歳以上では一定期間その状態で体を維持して来ている(体が慣れている)ものと推測されます。そのため、厳格な血圧管理(降圧)により、高血圧以外の疾患が悪化する可能性があります.
①認知症:最近の欧米の研究では、75歳以上では上の血圧が158~170mmHgで認知症リスクが最も低かったと報告されています(JAMA,2021年)。高齢になると血圧がある程度高いほうが脳への血流が維持される可能性があります。
②立ちくらみ、めまい:動脈硬化で血管の弾力性が低下すると、一時的な低血圧による立ちくらみやめまいが起こることがあり、転倒の危険性が生じます。
③腎機能の低下:血圧が低いと腎臓への血流が低下するので、血液検査で腎臓の機能低下がある場合は要注意です。腎臓病では一般的に、血圧を140/90mmHg以下にコントロールすることが求められますが、過度の血圧低下は好ましくありません。
Ⅳ.私の診療方針
私は、改訂後ではなく改訂前のガイドラインを踏襲したいと考えています。適正な血圧とは年代や疾患のリスクに合わせた無理のないものでよいと思います。
降圧目標
75歳未満 診察室血圧
130/80mmHg未満
家庭血圧
125/75mmHg未満
75歳以上 診察室血圧
140/90mmHg未満
家庭血圧
130/80mmHg未満
おわりに
・ガイドラインでは「年齢にかかわらず個人差を考慮し、あくまで有害事象が生じない範囲で個別に降圧目標を設定することが求められる」との記載もあります。しかし、世間一般に周知されるのは要点『降圧目標の厳格化、130/80』のみと考えられるため、我々医師の日常診療での指導が必要となります。
・日本高血圧学会の推計では、高血圧症の患者数は約4300万人で国民の3人に1人と多数です。このうち、治療を受けている総患者数は1609万人(37%)で、自覚がありながら未治療もしくは自覚がない人が大半と考えられます。
・毎日の血圧測定は健康管理の第一歩です。また、高血圧の方が定期通院や内服治療を行うことは、他の疾患の予防につながります。いわゆる『一病息災』です。
2025年11月10日
石川 進