先週は終戦の日でした。戦争の悲劇は繰り返さない、繰り返すまい、とさまざまなメッセージが今年も飛び交いました。
戦争が愚かなことは言うまでもありません。その愚かさを分かっていながら(あるいは、分かっていないから)戦争が起きたということが、一層悲しくさせます。

終戦の1945年から数年経って大量に生まれたのが団塊の世代です。団塊の世代が全員75歳を超える、すなわち後期高齢者になるのが、終戦から80年後の2025年です。これ以後、大量の超高齢者が日本に溢れる「恐ろしい」時代が来ることになっています。2025年問題と言われる日本の社会現象です。高齢になればなるほど病気になり、生産性がないのに医療費を増大させ、日本社会全体の負担になるという考えです。早く手を打たないと大変なことになると危機感を煽る考えです。

私は団塊の世代に属します。しかし、私は問題を起こすために生まれてきたのではありません。
なぜ団塊の世代という年間260-270万人、総計800万人の日本人が1947-1949年の3年間に生まれたのでしょうか。
その理由は唯一、1945年の終戦にあります。
太平洋戦争で日本人は300万人近く死にました(数字は下記も含め概数)。兵士ばかりでなく民間人も多数死にました。沖縄戦で20万人、原爆で広島14万人、長崎7万人、死にました。10万人が死んだ東京大空襲は有名ですが、地方でも空襲、機銃掃射、艦砲射撃があり、民間人に多数の死者が出ました。海外の戦場での日本人死者は200万人を超えるとされます。戦場に行かなかった人、戦禍に合わなかった人も、家族や知人を戦争で亡くした人は数え切れません。その恐ろしい戦争がようやく終わったのが1945年夏です。
本土決戦一億総玉砕を覚悟していた戦争が突然終わり、平和が訪れました。苦難の海外脱出、屍累々のシベリア抑留などを経て日本に帰還した人も多数いました。
生活は困窮しても人々は生きる歓びを感じたはずです。その結果、生まれたのが団塊の世代です。

こうして平和の訪れとともに大量に生まれた団塊の世代は、医学の進歩によって病気で死ぬことなく育ち、また核戦争を経験することなく青壮年期を過ごし、ほぼ全員が75歳を迎えようとしています。つまり、団塊の世代は、平和の象徴、医学の進歩の象徴、軍縮の象徴なのです。本来、歓迎され祝福されるべき存在なのです。
それなのに、終戦から80年経つと問題だと言われるのです。何が社会の大問題なのでしょうか。はっきり言って、冗談ではありません。

私たちは、決して好きで生まれてきたわけではありません。
私たちを生んだ親が悪いとでも言うのでしょうか。
父親も母親も、誰ひとり例外なく、戦争を経験しました。全員が戦争を生き延びたからこそ、困窮のなかでも子を作ったのだと思います。

認知症、寝たきり、がん、老々介護、独居、孤独死など、超高齢化に伴う様々なことが今の医療現場では起きています。しかし、それを困った問題としてとらえる必要は全くないし、そう考えるべきではないと思います。
どのような人であれ、この世に生を受け、人生を生き抜き、そして今があるのです。その人の認知機能が落ちても、その人が寝たきりになっても、医療者はその人の来し方を思うべきです。人間としてなすべきことを淡々と行っていけばよいだけの話です。わずか3年半で数百万人の老若男女が死んだあの戦争のことを思えば、何が大問題なのでしょうか。

図.アサヒグラフ 昭和20年(1945年)6月25日号表紙.「出撃寸前仔犬と遊ぶ特攻隊の若櫻」の説明がある.(筆者所蔵)