オミクロンの特徴

新型コロナウイルス感染の増加は止まりません。当院の先週末までのデータをお見せするつもりでしたが、PCR検査結果の報告が大幅に遅れているため1/22時点の数になります(図1)。途中経過の数からすると、先週は前週のおそらく1.5倍になっていると推測されます。
こうした増加は、オミクロンの凄まじい感染力によります。ワクチン接種を2回済ませた人にも遠慮なく感染しています。ワクチン3回目の人も罹っています(ただし3回目接種2週間以内)。大人も子供も、男も女も、同じように罹っています。
幸い、ウイルス性の重症肺炎はほとんどみられません。重症肺炎だと思ったら、合併する誤嚥性肺炎のためだった、という例はあります。ノドの痛みが強くても、熱が少々高く出ても、比較的穏やかな経過です。

今までとは明らかに「何か」が違います。その「何か」を求めてオミクロンの特徴を調べてみました。にわか勉強ですので誤解があるかもしれません。誤りに気づいたかたは恐れ入りますがぜひご教示ください。

コロナウイルスの構造は図2のようになります。ウイルス本体であるRNAは殻の中に収められ、N(ヌクレオ)蛋白と結合しています。殻はリポ蛋白の膜でできており、その蛋白成分はE(エンベロープ)蛋白、M(メンブレーン[膜])蛋白、S(スパイク)蛋白から成っています。こうした蛋白はウイルス本体であるRNAから翻訳されて作られます(図3)。各蛋白の作成のもとになるのが、N遺伝子、E遺伝子、M遺伝子、S遺伝子です。しかし、こうした遺伝子はRNA配列の下流(3’末端側)1/3に過ぎません。それ以外の上流(5’末端側)2/3の大きな部分を占めているゲノムはORF(open reading frame)で、10数種の非構造蛋白(non-structural proteins [Nsp])を作成する役割を担っています。Nspはウイルスの増殖(=RNA)の複製に深く関わっているとされます。

コロナウイルスのゲノムは、上流(5’末端)からORF1a・ORF1b(合わせてORF1ab)・S・E・M・Nの順になります。現在、新型コロナウイルスの同定に使われる遺伝子はORF1ab・S・Nの3つですが、かつては E遺伝子も用いられていました(2022/1/24ブログ)。

こうした遺伝子の中で最も注目されるのがS遺伝子です。スパイクのSです。新型コロナウイルスの要です。ヒトの体の中に侵入するにあたり、スパイクがヒト細胞の受容体にくっつくことから感染がスタートするからです。

スパイクの構造を示したのが図4です。先端の花びらのような形をした S1と、茎の部分に当たるS2とに分かれ、同一の構造物が3本1セット(=3量体)となり、お互い絡むようにスパイクの1つを形成します。S1は2つの蛋白から構成されています。1つはウイルスの抗原性に関わるNTD(N-terminal domain [N末端ドメイン])、もう1つはウイルスの侵入能力(相手細胞の受容体との結合性)に関わるRBD(receptor binding domain [受容体結合ドメイン])です。

オミクロンの最大の特徴は、従来の新型コロナウイルス株よりも非常に多くの遺伝子変異がみられる点です(図5)。中国・武漢で最初に見つかったウイルスを原型とすると、アルファ株やデルタ株の遺伝子変異は10-15ヶ所程度ですが、オミクロンは35ヶ所ほどに及びます。その変異のほとんどがS遺伝子にみられます。なかでもS1領域、さらにその中でもRBDにみられます。RBDは上述のようにウイルスの侵入能力に関わります。強い感染性はRBDの変異によるところが大きいと思われます。どの遺伝子変異がオミクロンの強い感染性に関わっているかについては、調べた範囲ではわかりませんでした。

新型コロナウイルスがヒトで主な標的とするのは、ヒト細胞の表面にあるACE2受容体です(ACE2 = angiotensin converting enzyme-2 receptor [アンジオテンシン変換酵素2])。ACE2受容体は全身の臓器に発現しているものの、臓器ごとに微妙に「何か」が異なるようです。オミクロンでは、RBDの遺伝子がたくさん変異したため、標的とする臓器や組織がかなり変わってしまったと言われます。
アルファ株やデルタ株の感染では、すりガラス様の肺炎像、crazy-paving patternが特徴的でした(2021/9/27ブログ)。こうした所見は肺の奥の肺胞レベルが強く侵されたことによります。そのため呼吸不全に陥る例が後を絶ちませんでした。

ところが、オミクロン感染では肺炎はあっても小範囲、限定的です。広範なウイルス性肺炎はほとんどみません。したがって重症化の頻度は明らかに低くなっています。オミクロンでは、咽頭痛が強く、咳もそれなりに認めます。鼻炎症状があったとしても、嗅覚障害はほとんどありません。アルファ株やデルタ株と異なります。同じ呼吸器でも、喉から気管・太めの気管支までがやられ、肺の奥の肺胞レベルはほとんどやられない、嗅覚細胞や味覚細胞もやられない、という印象があります。もちろん、多数の感染者の中にはおそらく例外はあろうかとは思います。

オミクロンのもう1つの特徴はS1の中でもNTD領域にもそれなりの変異があることです(図5)。この領域はウイルスの抗原性に関わっています。とくにオミクロンで注目すべきは69番目と70番目のアミノ酸の欠失です(Δ69-70あるいはdel 69-70と表記)。なぜ注目するかと言うと、このアミノ酸欠失をもたらす遺伝子変異が新型コロナの検出に重要なS遺伝子に関わるからです。すなわち「S遺伝子検出せず」という結果になるからです。

前回(2022/1/24)述べたように、今年初めにデルタ株からオミクロンに変わったとき、まず目についたのは「S遺伝子検出せず」でした。当初、自分の「発見」だと思っていたのはとんでもない誤りでした。オミクロンが南アフリカで出現してまもなく世界の研究者の間では既知の事実となっていて、S-gene target failure(S遺伝子標的非発現 [SGTF])という言葉が定着していたのです。
これも前回述べましたが、SGTFはオミクロンに限ったことではなく、アルファ株にもありました。しかしアルファ株のSGTFはほとんど注目されていません。デルタ株の印象が余りに強烈であったため、後続のオミクロンの特徴としてSGTFが強調されたのだと思います。

さらに複雑にしているのは、オミクロンでもSGTFがないのが最近現れてきたことです。オミクロンの亜型の問題です。当初のオミクロンはBA.1とされます。その後、BA.2が席巻しつつあります。このBA.2にはΔ69-70のアミノ酸欠失がありません(図5)。したがってS遺伝子が検出されます。
当院ではBA.2と思われるオミクロンはまだ見つかっていません。海外ではBA.1からBA.2に置き換わりつつあり、日本でもその傾向がみられるという報告を目にするようになりました。
このBA.2はSGTFがないがために、通常のPCRによる3つの遺伝子検索(ORF1ab・S・N遺伝子)だけではデルタ株との鑑別がつきません(両方ともORF1ab+・S+・N+)。この鑑別がつかないことからステルスオミクロンというニックネームがつきました。「ステルス」と聞くと、ステルス戦闘機のようにレーダーの検知を逃れる、つまり新型コロナで言えばPCR検査を逃れる、という印象を持ちます。が、ステルスオミクロンは通常のPCR(正しくはSARS-CoV-2 RT-PCR)できちんと検出できます。オミクロンの特徴だと思っていた「S遺伝子検出せず」が当てはまらないというだけです。アミノ酸配列の変異を調べればデルタ株(L452R)でないことは明らかとなります。

オミクロンの亜型BA.2は、BA.1よりも毒性や感染性が強まっているのではないかという懸念が一部にあります。しかし、世界の多くの報告によれば、BA.1とBA.2とは臨床的に大きな差はないようです。BA.2は抗原性に関わるNTDの異常(Δ69-70というアミノ酸欠失)がないため逆に抗原性が増し、従来の新型コロナウイルスワクチン(S蛋白が標的)や既感染による中和抗体の効果が「期待できる」という考えもあります。その点では、毒性は弱いと言えるかもしれません。また、感染侵入に関係するRBDに大きな違いがないため(図5)、BA.1とBA.2とで感染性に差はないのではないかと推測されています。
「ステルス」という言葉に騙されない、ということのようです。

 

図1.当院発熱外来におけるPCR陽性数の推移

 

図2.コロナウイルスの構造の模式図(増田道明.モダンメディア2020; 66(11): 313-320より引用).

 

図3.コロナウイルスの遺伝子構造(神谷 亘.ウイルス 2020; 70(1): 29-36より引用).

 

図4.スパイクの構造と主要な機能(The Washington Post, Dec. 16, 2021より引用.一部筆者の書き込みあり).

https://www.washingtonpost.com/health/2021/12/16/omicron-variant-mutations-covid/

 

図5.新型コロナウイルスの「懸念される変異体(variants of concern [VOC])」におけるスパイク蛋白アミノ酸配列異常の分布(ViralZoneより引用).アミノ酸69-70欠失(del 69-70)がオミクロンの亜型BA.1とアフファ株に存在するのに対し、オミクロンBA.2やベータ・ガンマ・デルタにはないことが分かる。オミクロンはBA.1であってもBA.2であっても、S1のRBDに配列異常が極めて多いことが読み取れる。

https://viralzone.expasy.org/9556