クリストのこと

クリストのこと

パリのポン・ヌフ橋、ベルリンのライヒスターク(帝国議会議事堂)を白い布で覆い、世界を驚かせたクリスト。このような芸術があるのだ、そう思い知らせてくれました。そのクリストが死んだと先日の新聞にありました。84歳でした。

西ドイツに留学していたときその名を知り、日本に戻ってまもない1991年、日米の風景の中に巨大な傘を立てるプロジェクトを耳にしました。現地に行こうと思った矢先、事故が起きました。
アメリカで突風に煽られた傘に当たり観客が亡くなったのです。このため、日米のアンブレラ展は急遽、中止となりました。さらに、傘の撤去作業中にクレーンが送電線に触れ日本でも1人亡くなりました。自然との融合という名のもとに人を死に追いやった芸術家、という非難もされました。2009年にはパートナーのジャンヌ=クロードを失いました。

その後どうしているのだろうか、と思っていた2016年秋、水戸芸術館で「クリストとジャンヌ=クロード : アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91 ドキュメンテーション展」が開かれました。輝かしくも悲劇に終わった日米の展示会から四半世紀。真っ先に駆けつけました。豊富な資料で当時を回顧していました。クリストはこのドキュメンテーション展に積極的に関与したとされます。会うことは叶いませんでしたが、サイン入りのカタログを購入できました。カタログの写真の著作権は全てクリストに帰属します。ここではサインと表紙のみを示します。

水戸芸術館の会場内は撮影自由でした。カタログと異なり、自分の撮った写真なら掲載しても許されるでしょう。会場には茨城県旧里美村(現常陸太田市)とカリフォルニア州ロサンゼルス郡の現地の模型が作られていました。日本では里と集落に青い傘を置き、アメリカでは荒野の丘に黄色の傘を並べていたのがわかります。クリストのスケッチ(写真とのコラージュ)も添えられていました。どうしてこのような芸術を思いついたのか。閃きでしょうか。

クリストが私に与えた影響の1つは「命を包む」。クリストに比べれば、ほんの小さな閃きでした。
拙い手術画を大判の紙に印刷し、ある造形作家の作品を包み、それを開いたときに啓示があると感じました。それを撮影して作家に送ったことがあります。

「いろいろ包んでみると、様々な局面が出てきて趣が異なってきます。
伊藤先生のブルーパールは、ともかく宇宙と生命の不可思議を具現化したように私には思えます。Big Bangは宇宙を創世し、やがて生命を創造して個を作りました。生命の個は必ず滅びます。永遠に残るのは宇宙の美しさのみである、という儚くも雄大な世界を表しているようにも思えます。そこで、いろいろな思いを込めて包み紙を作ってみました。
色彩と白黒の世界は、それぞれ色即是空・空即是色の仏教の教えに通じるようにも感じ、裏地が赤と黒とを試しに作成しました。(中略)赤の裏地のカラープリントで包んだときの写真と、それを開いたところの写真を貼付します。先生の作品は、包んでいる姿よりも(クリストとは異なり)、包みを開けたときの強烈さに意味があるように感じます。」

伊藤先生とは、造形作家の伊藤公象氏のことです。一流の芸術家に向かってたいそうな意見を述べています。しかし、かつての拙文を読み直しても、心は今も変わりません。

クリストは私のような日本の小さな者にも大きな影響を与えてくれました。
合掌。