コロナ時代の発熱外来

当院では今年3月下旬に発熱外来を設置しました。
新型コロナ感染症への対応からです。それまで通常の外来診察室に発熱患者が入ってきていました。それを改めることにしました。発熱患者の来院時間を限定し、来院した場合の診察場所を一般外来から離した所(隔離室)で行う、などを決めました。
当初、PCR(SARS-CoV-2 RT-PCR)は実施していませんでした。PCRを行うには市と契約を結ぶ必要があります。ただし、契約を結べば、当院の裁量でPCRを比較的自由に行えるようになる一方で、もし陽性者が出たらその患者は当院が責任をもって診療に当たること、という条件がありました。
当時、病棟をみる常勤内科医は2名しかおらず、しかも感染症が専門ではありません。病棟には陰圧室は1つもなく、マスクも防護衣も不足している状態でした。PCRは断念しました。
PCRをせずに新型コロナ患者を鑑別するにはどうしたらよいか。

CTを使うことにしました。胸部CTで新型コロナ肺炎の有無をまず見ようとしたのです。ただし、動線を分けることのできない古い施設では、時間差を活用するしかありませんでした。一般患者の少なくなった午後3時過ぎを発熱外来の診療およびCTの時間帯にしました。撮影後は換気を十分に行うことにしました。
CT自体にも問題がありました。若い患者とくに女性には CTは勧められません。一般的な診察をして発熱には解熱薬、咳には鎮咳薬を投与するにとどめました。
4月上旬、発熱と咳嗽を主訴に30歳台男性が発熱外来に来ました。胸部CTを撮影してその画像を肺尖部から順に見ていくとすぐにハッとする陰影が現れました。例のすりガラス様陰影です。両肺、しかも肺の末梢部にびまん性に見られました。新型コロナに間違いありません。
すぐに、保健所に連絡し、PCRを実施してほしいと頼みました。
すると、
「適応ではありません」。
えっ、なぜ?
「接触履歴がなく、症状が軽いからです」。
でも、胸部CTでコロナ特有の像が見えるのですよ!?
「適応がないものは適応がありません」。
自宅待機にするのですか。
「はい、そうしてください」。
もし、病状が急に悪化した場合はどうしろというのですか。
「救急車を呼んでください。どこかに運んでくれます」。
もう結構です!
電話を切っても怒りはおさまりません。
別室にいる患者には保健所とのやりとりを話し、解熱薬と鎮咳薬を院内処方するからそれを飲んで家で静かにしていてほしい。もし呼吸が苦しくなったら救急車を呼ぶように。保健所の言葉をそのまま伝えました。
その3日後、別の家族4人がそろって発熱外来に来られました。年長の両親にCTを実施しました。
両親のC Tが終わり、画像をモニターで見ていくと、3日前にみたすりガラス像が2人とも現れました。直ちに保健所に連絡し、PCRをお願いしました。
結果は3日前と同じでした。「PCRの適応はありません。様子をみてください」。
もう結構です!
後日、上記のCT陽性者は他施設で全員PCR陽性と判明しました。
この無力感。

数日後、保健所長と電話で話し合い、当院でもPCRができるようにしました。
陽性例が出たらどうするか。多くの問題がありましたが、PCRをせずに様子を見ることの方が社会に大きな害を与えると考えたからです。

そうした中で始まった当院の発熱外来。すでに300名以上の診療を行いました。
初期の頃の経験はこのブログで述べました(2020/04/13・04/27)。
発熱外来では、コロナの診断は大切ですが、PCR陰性患者では発熱の原因は何か、何をすべきか、も大きく問われることになりました。
これは本当に難しいと感じてきました。
一定のアルゴリズムが自然と身についてきましたが、なお悩むケースが多々あります。

そうした中、昨夜、大宮医師会医学講座(WEB講演)「コロナ時代の発熱外来診療」が開かれました。コロナ診療はまもなく国の方針に基づき、保健所等の接触者外来を通さずに直接、クリニックなどの各医療機関が行うことになることを受けての開催でした。

講師は埼玉医科大学総合医療センター総合内科 岡 秀昭教授。
岡教授が特に強調したのは、コロナ時代では感染予防に徹するだけで、従来通りの診療をすればよい、ということでした。その上で、いくつかの重要なポイントを示されました。
まずコロナ以外の疾患を疑って診断をきちんとつけること、そうすればコロナを否定できる(コロナとの重複は稀ながらあるにせよ)、さらに全身状態をみて重症度を判断する、熱源が分からなければ不明熱として扱う、不明熱には抗菌薬を安易に投与しない、抗菌薬の必要な疾患、例えばA群溶連菌咽頭炎やカンピロバクター腸炎を見逃さない(前者にはアモキシシリン500mg1日2回10日間、後者に抗菌薬のルチーン投与は不要だが、必要な場合はアジスロマイシン500mg/日 3日間)、膀胱炎・蜂窩織炎・腸炎にレボフロキサシンは使わない(セファレキシンで十分)、市中肺炎にレボフロキサシンを使うときは結核ではないという自信がある場合に限る(レボフロキサシンには部分的に抗結核作用があるため結核の診断が遅れ、耐性化につながる)、外来診療では①アモキシシリン系、②セファレキシン、③アジスロマイシン、④レボフロキサシン、⑤ミノサイクリン・クリンダマイシン・ST合剤の5系統の抗菌薬だけで十分、コロナだった場合はSTAY HOME、経過によってPCR検査を案内する、大切なのは「説明を処方する」こと。
多くのことを教わりました。

私自身は、今回の講演で取り上げられた疾患以外の病態・病気を発熱外来で診てきました。やはり大切なのは、感染防御のガードを固めることはあっても、診療自体は以前と一緒、ということだと再認識しました。
結局、総合的な診療能力が試されると感じました。