セント・パンクラス駅〜聖地巡礼の旅

NHK BSの「駅ピアノ」は好きな番組です。昨日の日曜日はロンドンでの収録でした(再放送)。
駅はセント・パンクラス・インターナショナル(St. Pancras International)。ドーバー海峡トンネルを走る国際列車の発着駅だけあって、ヨーロッパ各地からの老若男女が楽しそうにピアノを弾いていました。いつもながら心和むひとときでした。

ピアノの演奏と各奏者の話を楽しんだのは事実ですが、私が注目したのはセント・パンクラス駅そのものでした。
というのは、昔、膵臓の研究に取り組んでいた頃、Pancreas(パンクレアス、膵臓)という英語の本の中に、膵臓の歴史について蘊蓄(うんちく)を傾けた章がありました。パロディで溢れていました。膵臓の名を冠した聖人がロンドンに祀られているといった記述がありました。その場所がセント・パンクラス(St. Pancras)駅だというのです。もちろん冗談です。

聖パンクラス(St. Pancras)はキリスト教への改宗により14歳で斬首刑に処せられた古代ローマの聖人です。名前はギリシャ語由来でpan=all、cratos=power、すなわち「全力・全能」ということのようです。一方、膵臓を表す言葉pancreasパンクレアスは同じくギリシャ語由来でpan=all、creas=flesh、すなわち「全て肉」という意味で、pancrasとは無関係です。
ちなみに「膵」は江戸時代の蘭学者宇田川玄真が月(肉づき、flesh)と萃(すい、草むら・集まるの意、all)とを合体して造った国字です。古代中国では膵臓の存在に気づかず、したがって五臓六腑(ごぞうろっぷ)(五臓:心・肺・肝・腎・脾、六腑:胆・胃・小腸・大腸・膀胱・三焦)にありません。やむなく日本では国字が造られたのです。臓器名は日本と中国とでほとんど同じ漢字表記ですが、唯一異なるのが膵臓です(中国では胰腺[イーシェン]、夷狄(いてき)の夷を使っているところに中国人の複雑な気持が表れているのかもしれません)。

セント・パンクラス駅の話を続けます。
ロンドンは学生時代の1969年(2019/10/5のブログ参照)と、西ドイツ留学時代の1987年(2019/6/20のブログ参照)に訪れていますが、セント・パンクラス駅には行っていません。1969年はパリから列車でロンドンに向かいましたが、当時、海峡トンネルは完成していません。列車ごとフェリーに積まれ、着いたのはビクトリア駅でした。1987年は家族と車での旅行でしたので、フランスのカレーから車と一緒にフェリーに乗り海峡を渡りました。列車は利用しませんでした。

セント・パンクラス駅のことをネットで調べてみると、面白い記事がたくさんありました。駅ピアノは2つあって、1つは歌手のエルトン・ジョンが寄贈し自身も2016年に演奏したもの(図1、ヤマハ製)、もう1つが今回の「駅ピアノ」に使われたものでした。
昨年11月、セント・パンクラス駅で膵臓がん(膵がん)啓発キャンペーンが催されたというニュースがありました。「St. PancrasではなくSt. Pancreas」というキャッチコピーが使われました(図2、パープルは膵がん啓発・支援の色)。がんの中で最も手強いのが膵がんです(2019/7/18、11/29、12/25のブログ参照)。英パンキャンとセント・パンクラス・インターナショナル駅とが協同で、膵がんへの関心を高め、早期発見・早期治療に結びつけようとする運動です。
面白いことに、St. PancrasのPancras(パンクラス)を間違ってPancreasと同じように「パンクリアス」と発音しているイギリス人が33%もいるという情報がありました(図3)。読み間違いの多い10の単語のうち、5番目に多いのがPancrasだというのです。

こうなると、セント・パンクラス駅に膵臓の聖人が祀られているという冗談が本当の話になってしまいそうです。膵臓オタクとして聖地巡礼の旅に出かけたくなりました。