新出生前診断(NIPT)が注目されるようになったのは、高齢出産が急激に増えたからです。
出生前診断に遺伝カウンセリングは欠かせません。ところが、日本では遺伝カウンセリングの専門家が極端に不足しています。そのため、比較的「手軽に」行えるはずのNIPTが一部の施設に限られてきたという経緯があります。お金さえ出せば「闇で」実施してもらえるという噂があります。
増え続ける高齢妊婦からの要望に応えるべく、日本産科婦人科学会は今年3月、NIPTの実施施設を一気に増やす方針を立てました。ところが国は6月になって学会の方針に「待った」をかけました。カウンセリング体制が不十分な中でのNIPTの施設拡大に難色を示したのです。もっともなことです。
一方、こうした状況(高齢出産の増加とカウセリング体制の不備)を作ったのは国であるともいえます。
経済優先を唱え、女性活躍の時代というお題目のもとでは、女性の結婚年齢の上昇、出産年齢の高齢化は避けられません。当然、少子化にも繋がる問題です。

医師の世界も同じです。
高校卒業後、現役で大学医学部に入っても、厳しい勉強と実習が毎日・毎年続き、卒業して医師になるのは早くて24-25歳。すぐに2年間の初期臨床研修が始まります。初期臨床研修が修了しても、息つぐ間もなく、3-5年の基本領域専門医を取得する専攻医として次の研修が始まります。基本領域の専門医を取ると次はサブスペの研修です(内科専門医となったら次は消化器病学会専門医を目指す、など)。30歳はとっくに過ぎています。サブスペの専門医がとれるのは、早くて40歳くらいではないでしょうか。そのあとも、資格維持のために引き続き研鑽を積まなければなりません。
出産・育児のための研修期間猶予の仕組みは専門医制度にも確かにあります。しかし、出産・育児で休みをとったとき、現場を離れ、日進月歩の最新の医学知識・技術から遠のくことに不安を持つのは当然です。いつ結婚すべきか、いつ子供をつくるべきか、女性医学生や女性医師は常に悩んでいます。それを察してあげる医学界の重鎮は残念ながらほとんどいません。学会も同様です。医師不足に喘ぐ病院、地域、自治体も同様です。
医師の世界だけではありません。日本の社会全体が経済優先、資格優先、業績優先の考えで染まっています。「経済が最優先課題である。経済活性化のエンジンを吹かさないとこの国の未来はない」。この言葉を聞くのが現実です。「違う!」と言っても掻き消されます。

「卵子老化」を知っていますか。
女性の卵巣にある卵子の数は限られています。排卵のたびに残りの数はどんどん減って行きます。加齢による変化は、数の減少だけではありません。卵子の遺伝子に異常が生じやすくなります。受精し正常に分割する能力は年齢とともに衰えます。不妊の原因となり、妊娠したとしても染色体や胎児発達に異常が生じやすくなります。初潮のあと早いほど妊娠しやすいし、健常な胎児発達と出産が望めます。もちろん、古い時代のように幼な妻が良いというものでもありません。現代の世の中では、妊娠・出産・育児に母親の精神的な発達が必要なことは言うまでもありません。しかし、いつまでも待てないというのは事実です。
社会の仕組みと考え方を改めないといけない。そう痛感します。

図説明.
提供(ドナー)卵子と自身の卵子を用いた生殖補助医療(体外授精など)の治療成績。年齢とともに自身の卵子の質の低下は避けられない(=卵子老化)。若いドナーの卵子であれば40歳代後半になっても胎児を育てることはできる(=胚移植の生産率は高い)。日本生殖医学会のウェブサイトから引用