チバラキの医療

先ごろ地球の歴史の1つの時代を表すチバニアンが国際認証されました。
日本に因む名前が付いたのは初めてだとのことです。
千葉県の「チバ」と聞いて思い出すことを記します。

茨城の地域医療に関わっていると、 医師不足がどうしても話題になります。人口当たり医師数が47度道府県中ワースト2だという文言は嫌というほど聞かされましたし、私自身も発言していました。
ワースト1は埼玉、ワースト3は千葉です。
医師の少ない状況でいかに医療レベルを保つかは常に大きな課題でした。1つの県で全てを賄うのには限界があります。「県境の医療」という概念で論じることが多々ありました。
茨城は福島、栃木、埼玉、千葉と接しています。それぞれの県境では、相互に患者の行き来があります。その相互関係を表す言葉として「県境医療」がありますが、あくまでも一般名詞です。茨城で使われる唯一の固有名詞が「チバラキの医療」です。昨年6月にNHKのブラタモリで「ちばらき」が放映されましたので「チバラキ」の名前は全国的に知られるようになったかもしれません。

地元の医療で使う「チバラキ」は、利根川の河口域一帯を言います。茨城県で言えば潮来市・鹿嶋市・神栖市、千葉県では銚子市・香取市・旭市・成田市あたりになります。一方、利根川の中流域、すなわち茨城の坂東市・常総市・守谷市・取手市など、千葉の野田市・柏市・我孫子市などもチバラキですが、地域医療の場では「チバラキの医療」とは言わないように思います。河口域に限定して言うことが多いのは、茨城のこの地域(鹿行[ろっこう]医療圏)の医療がとんでもないほど過疎だからです。千葉側も潤沢とは言えないのですが、茨城側よりはマシです。

二次医療圏である鹿行医療圏の人口当たり医師数は、北海道から沖縄まで含めた全国344の二次医療圏中ワースト3です。その数は全国平均の1/3にすぎません。ちなみに茨城県には9つの二次医療圏がありますが、人口当たり医師数全国ワースト10に2つ入っています(2019年5月調査だとワースト3の鹿行医療圏とワースト6の常陸太田・ひたちなか医療圏)。他の8つは、北海道4つ、青森2つ、秋田1つ、愛知1つですから、東京に近い茨城なのになぜかすごい医師不足なのです。
鹿行とは鹿島(かしま)+行方(なめがた)のことを言います。同じ鹿行の中でも鹿島地域にある神栖(かみす)市はさらに医師不足です。

ご存知のように、神栖市は鹿島工業地帯を抱え、全国有数の工業都市です。日本製鉄など約160の企業があり、従業員数は2万人を超えています。市内の幹線道路は片側3車線で大型トラックや乗用車の渋滞がみられるほど活況があります。財政的には豊かで、数少ない地方交付税不交付自治体の1つです。その一大工業地帯の医師数が北海道の僻地の二次医療圏の大部分よりも少ないということです。
人口減少の日本にあって、あるいは茨城県にあって、人口増加の見られる地方都市でありながら、なぜか医師がいないのです。

県境医療の中の「チバラキの医療」とは言え、患者の動向は一方通行です。茨城から千葉への一方向なのです。逆はほとんどありません。鹿行二次医療圏の救急患者の約40%は千葉県の旭中央病院(旭市)、島田総合病院(銚子市)、県立佐原病院(香取市)、成田赤十字病院(成田市)などに送られます。専門診療の多くも千葉県で受けています。
なぜ、そうなってしまったのか。隣県に「迷惑」をかけないようにするにはどうしたらよいか。この論議が昨年から神栖市で行われています。私も議論に加わっています。解決は容易ではありません。

私自身は昨年、茨城から引っ越し、埼玉(さいたま市)の医療にたずさわるようになりました。わずか1年の印象ではありますが、埼玉(ただし、さいたま市)も医師不足とは言え、鹿行に比べれば大したことではありません。域内で何とかなるからです。

神栖市の医療体制を検討する会での議論は、侃侃諤諤(かんかんがくがく)です。その中で明るい話題がいくつかあります。その1つが、都内の大学から派遣されてきた新進気鋭の外科医に会ったことです。国際的に有名で私とは既知の仲ですが、敢えて医療過疎の地域医療に飛び込んできたのです。しかし、医療は一人でできるものではありません。医療者と住民の意識を変えて行けば、必ずよい結果が出るはずです。意欲満々の彼をみて、政策云々などを言う前に、きちんとした医療をすればよいのだ、という私の思いとも重なってきます。長い目で暖かく見守ろうと思います。