1989年11月9日はベルリンの壁崩壊の日とされます。先週11月9日はその30周年記念日でした。もっとも、ベルリンの壁が30年前のこの日に一斉に物理的に壊れたのではありません。直前に政権交代のあった東ドイツ政府によってビザの緩和がなされ、国境に東ドイツ国民が殺到したため検問所が無条件で開かれたというのが真相のようです。その時刻は現地時間11月9日深夜11時頃とされます。検問がなくなると東ドイツ人や東ベルリン市民は大量に西側に流れていきました。そのニュースは日本でも連日報道されました。私はテレビ画面を食い入るように見ていました。

私は1986年5月27日から1987年12月26日までの1年7カ月、西ドイツに滞在しました。ドイツ再統一に対し悲観的な西ドイツ人とは意見を異にして「夢ではない」と思っていました。そのことを帰国直後に書いたことがあります(6月20日のブログ)。それでもこれほど早くに東西ドイツの国境が開かれるとは思ってもいませんでした。数日後、西ベルリン市民がベルリンの壁をハンマーで壊す映像がテレビに流れました。すぐにでも現場を見たいという衝動に駆られました。時代が動く瞬間にどうしても立ち会いたかったのです。
1989年11月22日、私は成田からドイツに向け飛び立ちました。
西ベルリンのブランデンブルク門の前に人が集まっていました。ハンマーで壁を砕いていました(図1)。ところどころに穴が空いて緩衝地帯を覗くことができました(図2)。その2年前の1987年夏に家族で訪れた西ベルリンで子供達は壁に落書きをしました。その落書きは2年後の1989年11月、わずかに残っていました(図3)。

図1 図2

あれから30年、今年4月、家族でベルリンを再訪しました。落書きをした壁はなくなり、ごく一部が遺産として残されているだけでした。東西ベルリンを隔てていた2列の壁の間の緩衝地帯(幅100メートル)は緑地帯に変わっていました(図4)。この緩衝地帯を駆け抜ける途中に銃撃されて死んだ東ベルリン市民の写真が並べられていました(図5)。子どもが何人か含まれていました。

図3 図4

図5

30年前のベルリンの壁崩壊は東西冷戦の終結を意味し、当時世界の大喝采を浴びました。私も喝采しました。しかし、その後の30年間に時代はすっかり変わりました。熱気は冷め、今はナショナリズム・ポピュリズムの高まりと移民を巡る混乱、さらにEU分裂の危機がヨーロッパに広がっています。似た状況は、アメリカしかり、アジアしかり、日本しかりです。それは事実です。それでも、東西冷戦が30年間続いていたよりもマシです。

ところが意外な解説記事が先日の日本経済新聞に載っていました(11月9日)。世界終末時計のことです(図6)。
東西冷戦の中で核戦争が切迫していた1953年に世界終末時計は「(人類)破滅2分前」となりました。ベルリンの壁崩壊2年前の1987年は「破滅3分前」と1分改善しました。壁崩壊1年前の1988年は「破滅5分前」とさらに改善しました。その理由は、ソ連のゴルバチョフ共産党書記長の出現にあります。ペレストロイカ(改革)とグラスノチ(情報公開)を唱えたゴルバチョフが結局、東ドイツ政府の直前の政権交代を促し、ベルリンの壁崩壊、東西ドイツ統一に繋がったと考えられています。私も当時、ゴルバチョフの言動をリアルタイムに見聞し同じ思いを持ちました。一方、時代の流れがあるとは言え、一人のリーダーで世の中が変わる凄さと、ある意味恐ろしさを感じました。世界終末時計はベルリンの壁崩壊後、1990年「破滅10分前」、1991年「破滅17分前」と大幅に改善しました。ところがその数年後から人類破滅までの時間がどんどん短くなり、ついに2018年と2019年は「破滅2分前」となったというのです。

果たしてそうでしょうか。核戦争が切迫していた1953年と同じというのは、個人的には容認できません。たしかに今、世界は「異形」の指導者で溢れています。ヘイトが満ちています。気候変動の問題もあります。それでも、と思います。なぜそれほど悲観的になるのでしょうか。第二次世界大戦の死者数は、日本300万人、中国1000万人、ソ連3000万人、ドイツ900万人、ポーランド600万人など全世界で8000万人と言われています(いずれも概数)。これを凌駕すると思われたのが1950-60年代の冷戦当時の危機感=核戦争でした。今も同じ危機的状況だという意見は尊重すべきですが、個人的には違うと思います。東西冷戦の時代より今は絶対に良いと思います。そうでないと、今の若い世代に誤解を与え、失礼になるように思えてなりません。

この構図は何かに似ていないでしょうか。
そうです。超高齢化の危機を煽る考え方です。この考え方に私は反対意見を述べてきました(8月19, 20, 21日のブログ)。世の中を公正に見るのは難しいとは言え、「今は良い時代」という確信に揺らぎはありません。

図6