ヤブ化対策と藪(やぶ)医者

「ヤブ蚊対策」は季節外れですが、ここは「ヤブ化対策」です。
要するに、やぶ医者にならない対策です。

「総合診療」(医学書院)という月刊誌を購読しています。2年前、今の病院で外科医から総合診療医への転身を図ったとき、定期購読を始めました。
診療の基本提示と分かりやすい解説が売りです。私には勉強になります。本来の読者はおそらく初期臨床研修医かレジデント、つまり若手医師が対象だと思います。レジデントと私とで年齢は45歳も違います。
仮に私が現場でレジデントと一緒に同等の立場で研修したら、私だけでなくレジデントも戸惑うと思います。しかし、私が密かにこの雑誌を読む限り私も相手も戸惑いません。

先月2020/12号の特集は「ヤブ化を防ぐ! 外来診療 基本の○き Part ②」でした。1年前のPart ①のとき、そっと読み、「ああ勉強になった」と思いました。
年末、時間が取れたのでPart ②を読了しました。

Part ②を企画した福島県立医科大学会津医療センター総合内科の山中克郎先生によれば、「これだけ知っておけば “60点以上の及第点”という診断や治療のコツを学ぶ目的で企画された」とのことです。ページをめくると最初に「あなたの“ヤブ化度”チェックリスト」が出てきます。10問ありました。問題文の間にヤブ蚊が飛んでいました。
幸い、さほど難しくはありませんでした。私の正解は9問。及第点を頂くことができました。誤答の1問はアレルギー性の鼻炎と結膜炎の両方に効く薬は何か、という問題でした。ⓐ 経口ステロイドはやり過ぎでしょう、ⓑ ステロイド点鼻では鼻炎にしか効かないでしょう、ⓒ 抗ロイコトルエン薬は抗アレルギーの飲み薬だから鼻炎にも結膜炎にも効くでしょう、ⓓ 点鼻用局所血管収縮薬は鼻炎に対してだけだし、そもそもこの対症療法は鼻粘膜には良くありません。ということで、正解はⓒと自信を持って解答したら、これが唯一の誤りとなりました。解説を読むと、「(ステロイド点鼻薬は)理由は不明だが、目のかゆみを抑える効果がある」とのこと。これが「ヤブ化対策」!?。この問題をよく読むと、選択肢ⓒの「抗ロイコトルエン薬」という薬剤はそもそも存在せず、「抗ロイコトリエン薬」のように見せた引っ掛けだった!?。ただし、調べてみても抗ロイコトリエン薬でアレルギー性結膜炎の適応薬は見つかりませんでした。薬剤名はきちんと覚えないと医療事故につながるぞ、薬剤の適応疾患には細心の注意を払え、という意味で、たいへん勉強になりました。

ところで「やぶ医者」は実力のない医師を一般に揶揄する言葉です。一方、立派な医者のことをもともと「やぶ医者」と言っていたのだという説もあります。兵庫県養父(やぶ)市が7年前に「やぶ医者大賞」を創設した際の説明に使ったのがこの説です。
養父市のホームページ*に次のような解説があります。
*https://www.city.yabu.hyogo.jp/soshiki/kenkofukushi/hoken_iryo/1/7070.html

松尾芭蕉の門人である俳人の森川許六(きょりく)が編纂した「風俗文選(もんぜん)」をみると、昔は名医のことを尊敬して「やぶ医者」と呼んでいました。そして300年以上も昔の養父市では長島的庵という名医が活躍しました。養父市は名医「やぶ医者」の里です。
どうして名医の代名詞としての「養父医者」は、ヘタを意味する「薮医者」となってしまったのでしょうか。
「養父の名医の弟子と言えば、病人もその家人も大いに信頼し、薬の力も効果が大きかった。」と「風俗文選」にもあるように、「養父医者」は名医のブランドでした。しかしこのブランドを悪用する者が現れました。大した腕もないのに、「自分は養父医者の弟子だ」と口先だけの医者が続出し、「養父医者」の名声は地に落ち、いつしか「薮」の字があてられ、ヘタな医者を意味するようになったのではないでしょうか。

ただし、この説明の最後に「薮医者の語源については、様々な説があります」を付け加えるのを忘れていません。ちなみにウイキペディア*では「学問的には支持されていない」としてこの説をあっさり否定しています。
* https://ja.wikipedia.org/wiki/藪医者
でも養父市はひるみません。「やぶ医者大賞」はマスコミに報じられ、だいぶ有名になりました。養父市によれば「やぶ医者大賞」の趣旨は、「“藪医者の語源が、養父の名医” であることにちなみ、名医の郷として、若手医師の育成、医療過疎地域の医師確保及び地域医療の発展に寄与することを目的に、地域医療に貢献している医師を顕彰する「やぶ医者大賞」を創設しています」ということです。対象は「医療過疎地域に5年以上勤務し地域医療に貢献している50歳以下の医師および歯科医師」。この条件に合う医師・歯科医師は私の知る限りでも少なくありません。毎年2名までとなると選考基準はどうなっているのか心配になります。しかし、こうした仕事をする医師に目を向けさせ、同時に「やぶ」の知名度をあげるという企画は悪くないと思います。

「ヤブ化対策」と「やぶ医者大賞」。
あまり深く考えずに、己の研鑽に努め、地域医療に尽くせ、と理解すればどちらも「めでたし」です。