昨日、京都大学医学部附属病院(京大病院)の医療事故が一斉に報道されました。
日常臨床で私の知らなかったことがたくさんあるのを思い知らされ、同時に、診療の基本の大切さをあらためて痛感しました。

京大病院が11月19日に発表した「炭酸水素ナトリウム誤投与による急変死亡について」(発表内容についてはコチラ)をもとに事故の内容をまとめると以下のようになります。

腎機能障害を持つ患者に造影CTを施行することになり、造影剤腎症の軽減に役立つとされる炭酸水素ナトリウム液を投与したところ、その点滴液の種類を間違えた。そのため心停止に至った。心臓マッサージを行ったところ肺損傷を来たし、胸腔内出血が生じた。患者が抗凝固薬を服用していたのに気づかず中和薬を早期に投与できず大量出血に至り、多臓器不全で死亡させてしまった。

まず私が知らなかったのは、炭酸水素ナトリウム液がCT造影剤の腎障害に対し予防法として使われていることでした。

CTは病気の診断に非常に有用です。造影剤を使用すると、病変部と正常組織とのコントラストが強まり、画像診断の精度がはるかに高まります。ですから、CTを撮るときは造影剤を使用したいと私自身いつも思っています。しかし、CT造影剤には腎障害を来すという問題があります。腎不全になってしまうと何のための検査だったのか、ということになります。心筋梗塞のように一刻を争うときは腎不全になるのを覚悟で造影剤を使います。通常の画像診断の場合、腎機能が悪いと思えば、私は造影剤を使いません。迷ったあと使うときは、CTの前後で補液を十分に行います。私の知識と実践はそこまででした。
不勉強ながら、炭酸水素ナトリウム液がCT造影剤の腎障害予防に役立つということを知りませんでした。あらためて調べると、日本腎臓学会・日本医学放射線学会・日本循環器学会が共同編集した「腎障害患者におけるヨード造影剤使用に関するガイドライン2018」(東京医学社)があるのに気づきました。その中に「造影剤腎症発症予防に炭酸水素ナトリウム液投与は推奨されるか?」という設問があります。その回答は「炭酸水素ナトリウム液(重曹液)は造影剤腎症発症リスクを抑制する可能性があるため、輸液時間が限られた場合には、重曹液の投与を推奨する」というものでした。
であれば、京大病院の発表にはなお不足があるのに気づきます。なぜなら「輸液時間が限られた場合」だったのかどうかの考察がないからです。次のように述べられているだけです。

「患者さんは、造影剤による急性腎不全リスクが中リスクであり、入院患者の場合には腎保護用の生理食塩水を検査前に6時間点滴することが必要であったが、検査オーダーから検査時刻までには十分な時間がなく、代替として本来、外来患者に対する造影 CT 検査の際に使用する炭酸水素ナトリウムを投与することにした。」(赤字は筆者による)

入院中だったのになぜ十分な時間がなかったのか、の詳細が明らかではありません。
また、外来ではルチーンに炭酸水ナトリウム液を腎保護のために投与している実態が図らずも明らかになっています。「造影剤腎症発症リスクを抑制する可能性があるため、輸液時間が限られた場合には、重曹液の投与を推奨する」というガイドラインに従ったまでだと言われればそれまでです。しかし、ガイドラインの回答には問題があるように思います。なぜなら、「可能性があるため推奨する」という論理には飛躍があるからです。可能性というのは、ほぼ全ての予防法・治療法にあります。しかし、すべての予防法・治療法を推奨するということにはならないはずです。ガイドラインで推奨されると、「炭酸水素ナトリウム液を投与すれば造影剤腎症は予防できる」、「腎障害があれば炭酸水素ナトリウム液を投与する」という「安易な」考えにつながります。
ガイドラインの本文をよく読むと、炭酸水素ナトリウム液が生理食塩水よりも優れているという決定的なエビデンスはないようにも書かれています。そうであれば、京大病院の病棟で行っていたように、また、私が従来考えていたように、「補液を十分に行う」ことで問題ないように思えます。

炭酸水素ナトリウム液(重曹液)と言えば、私は「メイロン」をすぐ思い浮かべます。アシドーシスでよく使っていたからです。1アンプル20ml、濃度は7または8.4%です。今回の事故で私が知ったのは、メイロンに250ml製剤があるということ、またCT造影剤腎症予防用の点滴製剤として1.26%濃度の「炭酸水素Na注1.26%1000mlバッグ」があるということでした。この「炭酸水素Na注1.26%1000mlバッグ」が腎障害予防の点滴製剤として市販されるほど広く?使われている実態を初めて知りました。事故が起きてから「知らなかった」では済まされません。今後、周知が必要だろうと思います。
濃度が大きく異なる同成分の似た製剤があることによる医療事故としては、カリウム製剤やキシロカイン製剤が有名です。炭酸水素ナトリウム液でも徹底的な対策が望まれます。

もう1つ指摘しておきたいことがあります。造影 CTは本当に必要だったのかどうかの言及が京大病院の発表にはありません。この点は病院として真っ先に検証すべき点です。造影CTは診断に便利であるとは言え、腎障害の場合は他に代わる診断法があればそれを用いなければなりません。腎障害がなくても造影CTは、ショック状態を引き起こすことがありますし、気管支喘息患者やメトホルミン(糖尿病薬)服用者では禁忌とされます。したがって造影CTというのはできれば避けるのが賢明です。なぜ必要だったのか、他の代替診断法はなかったのか、の考察が欲しいところです。真摯な反省は認めるにしても、基本的な情報がなお欠けていると言わざるを得ません。