医師は薬を処方します。リハビリの処方もします。
今回のテーマは医師の社会的処方です。
何のことでしょうか。

実は私も社会的処方という言葉を知りませんでした。
教えてくれたのは産業医科大学公衆衛生学の松田晋哉教授です。
先日開催された日本医師会かかりつけ医機能研修制度応用研修会での講義の中でした。

医師は疾患の診療をするのが主な仕事です。その後のことは介護・福祉に任せればよい、というのが医師の一般的な考えだろうと思います。私も漠然とそのように思っていました。一方で、医師は介護・福祉の知識に欠けており、自分の患者が退院したあと、どこでどのような生活を送っているのか、さっぱり分からなくなってしまうとも感じていました。特段の情報がなければ無事平穏に暮らしておられると思ってしまいます。ところが、お見舞いなど、ちょっとした機会にお会いして、思わぬ状態の悪化に絶句することがありました。退院のとき、あるいは退院のあとも、もう少し医師として関わることはできなかったのか、と悔やむことが少なからずありました。

松田教授によれば、社会的処方social prescribingとは、イギリスの国民保健サービス(National Health Service; NHS)におけるプライマリケア医療職が行なっている医療実践の1つだとのことです。イギリスのGP(かかりつけ医)は「患者本人にとって重要なこと」に焦点をあて、その健康と福祉に対して総合的なアプローチを導き出す役割を担っています。例えば、アルツハイマー型認知症に罹患している独居老人を診察した場合、診察日以外は自宅に閉じこもっていて心身に悪影響を及ぼしていると診断すると、自治体のケースワーカーや保健師に「日中の居場所確保と日常生活支援の必要性」を「処方」するのです。これが社会的処方です。その有用性として、高いエビデンスレベルではないものの、入院・外来受診・救急受診の減少が認められるとのことでした。
このような実践は日本でも医療保険や介護保険の枠組みの中ですでに実践されていると松田教授は言います。例えば、職場復帰についての主治医意見書、介護保険における主治医意見書などがそうです。あらためてこれを社会的処方として再定義すると、かかりつけ医の社会的役割が明らかになるとのことです。
高齢者の気分障害を例に挙げて説明していました。
高齢期になると配偶者や友人との死別や社会的役割の喪失など抑うつ的な状態になるイベントが次々生じます。通所介護サービス利用の有無別で気分障害の有病率をみると、サービス利用「有」は「無」よりも有病率は有意に低いことが分かっています。もちろん、因果関係があるかどうかは慎重に考える必要があります。通所系サービスを使わずに閉じこもっていることが抑うつの原因なのか、抑うつがあるからサービスを利用しないだけなのか、判断はできません。しかし、仮に抑うつ的な高齢者に通所系サービスを提供することで状態がどう変わるのかを検証することで、因果関係について介入的な検討ができるはずです。こうした点に配慮してサービス提供につなげることもかかりつけ医の役割である、と松田教授は述べていました。
介護保険の主治医意見者には、当該高齢者が今後起こりうる問題を記載する欄があります。この欄にきちんと記載し、ケアマネジャーに適切に活用してもらうことが、日本の介護保険制度における社会的処方として最も重要な役割だと結論していました。

急性期病院に勤める医師も社会的処方の意義を知っておくことは大切だと感じました。
例えば、がんの手術を専門病院で次々受け、最後は体力が限界に達し、支えてくれる家族もいない患者に対して、医師は何をすべきでしょうか。医療連携室に投げればよい、というものではないはずです。急性期病院の専門医であっても、患者に起こり得る問題は何か、どのような社会的処方ができるのか、をあらかじめ考えておく必要があるように思いました。