医療用麻薬の適正使用

先週土曜日午後、「がん疼痛緩和のための医療用麻薬適正使用推進講習会」(愛媛県医師会館、松山市)をオンラインで受講しました。本講演会は厚生労働省と公益財団法人 麻薬・覚せい剤乱用防止センターが主催者となって毎月2回程度、全国のどこかで開いています。今月は12/11(土)さいたま市、12/25(土)松山市で開催されました。私は当初、さいたま市の受講を申し込んでいましたが、病院業務に追われ遅刻してしまいました。すぐに次の松山市の講習会を申し込みました。

医師になって半世紀、医療用麻薬の適正使用を本格的に勉強する機会はほとんどありませんでした。最近10年を思い出しても、勉強したという記憶がありません。がん疼痛に限らず痛みのコントロールは自分としてはあまり自信がありません。これを機会に勉強することにしました。
3時間みっちりの講習でした。

がん疼痛に使う医療用麻薬で私が今まで使ってきたのは、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルの3つです。最近のヒドロモルフィン、タペンタドール、メサドンについては使用経験がなく、知識もほとんどありません。また、従来の麻薬の使い方は「苦痛が強まればひたすら増量」というパターンでした。上手くいかず悶々とすることが多々ありました。

モルヒネ受容体に働く鎮痛薬は一般にオピオイド(=麻薬性)鎮痛薬と呼ばれます。オピオイドのうち麻薬に指定されているのは上記の薬剤およびコデインですが、非麻薬とされるものもあります。例えば、トラマドール、ブプレノルフィン、ペンタゾシンなどです。こうしたオピオイド鎮痛薬に加えて非オピオイド鎮痛薬(アスピリン、ロキソプロフェン、イブプロフェンなど)や鎮痛補助薬(ステロイド、抗うつ薬、抗けいれん薬など)、非薬物性除痛法(神経ブロック、放射線照射など)を上手に組み合わせてがん疼痛に対処することが求められます。

1986年WHOは、がん疼痛治療法の国際的な普及を目指して「がん疼痛治療の5原則」を発表しました。1) by mouth(経口で)、2) by the clock(時刻を決めて定期的に)、3) by the ladder(除痛ラダー[階段]に則り)、4) by the individual(個々に合わせ)、5) attention to detail(細かな配慮を忘れずに)の5原則です。私が1988-1991年に国立療養所東京病院(2019/6/26ブログ)で学んだのはこのWHO方式でした。とくに除痛ラダーは印象的でした。第1段階では非オピオイド鎮痛薬を使い、痛みの増強に伴い第2段階で弱オピオイド(コデイン)、さらに痛みが強まれば強オピオイド、と段階的に強い鎮痛薬を使っていく考え方でした。しかし、WHOはその後、除痛ラダーを削除しました。がんと診断されたときから中等度以上の痛みを抱えている人は少なくありません。初めからオピオイドを使うのをためらうべきではないというメッセージがあるようです。

今回の講演の大筋は厚生労働省医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課が数年ごとに出している「医療用麻薬適正使用ガイダンス」に基づいています。しかし、第一線に立つ医師・薬剤師・行政官からの直接の発信は聴き応えがありました。

ここでは静岡県立がんセンター緩和医療科部長 佐藤哲観先生の「がん関連疼痛の治療におけるオピオイド鎮痛薬」を紹介します。

痛みの新しい分類(侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・侵害可塑性疼痛)を紹介したあと、古典的オピオイド4剤(モルヒネ、オキシコドン、ヒドロモルフォン、フェンタニル)の特徴、dual action鎮痛薬(トラマドール、タペンタドール)とmulti-action鎮痛薬(メサドン)の意義を説きました。Dual action鎮痛薬とは、μ(ミュー)オピオイドとしての作用(=侵害刺激上行路の遮断=古典的オピオイドの作用)とセロトニン・ノルアドレナリン再取込阻害作用(=下行性疼痛抑制系の賦活)との相乗作用を発揮する鎮痛薬のことです。強い疼痛ではμオピオイド(モルヒネ、オキシコドン、ヒドロモルフォン)との併用が行われます。Multi-action鎮痛薬であるメサゾンは、オピオイド受容体作動作用とセロトニン・ノルアドレナリン再取込阻害作用の他にNMDA受容体阻害作用があります。腸管から吸収がよい、安価である、腎機能低下でも使える、神経障害性疼痛にも有効、という利点がある一方、半減期の個人差が大きい、心電図上QT延長(致死的不整脈誘発)の可能性がある、薬物相互作用が起こり易い、などの短所もあります。メサゾンは放射線治療に抵抗性の骨転移の痛みや難治性の神経障害性疼痛に適応があるとのことでした*。
*筆者註:「医療用麻薬適正使用ガイダンス 2018」によれば、メサドン処方医は全例調査を行うと同時に、メサドンを使用するためには処方医師登録のための e-ラーニングを受講し、理解度確認試験に合格しなければならない、とされます。

佐藤先生は最後に、オピオイドの長期投与(long-term opioid therapy、LOT)の問題点を挙げました。LOTは性腺機能低下(性機能不全、抑うつ気分、倦怠感など)、骨粗鬆症(病的骨折)、免疫能低下、認知能力減衰、痛覚過敏をもたらす可能性があるとのことです。その対応として、多職種チームによる評価・治療、オピオイド以外の薬物によるアプローチ、理学療法の適応、適切な認知行動療法、がん以外の併存疾患に留意、良好な医療者-患者関係の構築、支持的・継続的なケアなど、により最適化を心掛けることを強調されました。長期サバイバーではオピオイド漸減は「前進」であり、患者にもオピオイド漸減計画への参加権限を与える、とのことでした。

講演を聞いて、オピオイドは「量を増やせばよい」から「質を考える」時代になったと知りました。