先日、「さいたま医療訴訟連絡協議会 パネルディスカッション『クイズで学ぶ医療訴訟』」に参加しました。

前任地の茨城県では、医療裁判の鑑定について話し合う非公開・少人数の会議がありましたが、大勢の関係者が一堂に集まって医療訴訟を議論する場はなかったと記憶しています。
「さいたま医療訴訟連絡協議会」をネットで検索すると、この協議会は平成14年(2002年)に発足したとのことです。模擬裁判も行われたことがあったようで、その内容は雑誌「医療判例解説」に掲載されています。
今年度の協議会は雨の降る中、最寄り駅から歩いて15分の会場で開催されました。会場に着いて驚いたのは満席に近い参加者の数でした。300人ほどだったでしょうか。
参加者リストをみると医師が最多であるものの弁護士も多数参加していました。何よりも目を引いたのは、裁判官がいたことでした。
詳細はどこかで発表されると思いますので控えますが、興味深かった点をいくつかあげます。
まず、「正解は○でしょうか、×でしょうか」というクイズ形式だったことです。参加者には予め赤と青の紙が配られ、設問に対し、○と思う人は赤の紙を、×と思う人は青の紙を揚げるのです。どちらだろうか、と考えているうちにテレビのクイズ番組のように音楽がなり、残りの秒数が出て締め切られ、「はい、どちらでしょうか」と紙を揚げさせられるのです。
いくつかの事例が出ました。例えば、次のような事例と設問でした(当日の資料はもう少し詳細に記述されていました)。

事例
背部痛を主訴に夜間の救急外来を受診した患者A(60歳男性)。医師Bは第一次的には急性膵炎を疑い、第二次的には狭心症を疑った。医師Bは患者Aに対し、心臓疾患の可能性もあり、最悪の場合は死亡という結果もあることを説明し、急性膵炎に対する薬の点滴を指示した。
その後、患者Aはいびきをかいて深い眠りにつき、心停止した。医師Bは蘇生術を試みたものの、患者Aは死亡した。訴訟提起後の鑑定では、患者Aは狭心症発作に見舞われ、心筋梗塞に移行し、診察当時、心筋梗塞は相当に増悪しており、点滴中に致死的不整脈を生じて死亡したことが判明した。医師Bは触診と聴診を行っただけで、血圧等の測定や心電図検査を行わなかった。
そこで設問です。

1)医師Bは、患者Aに心臓疾患の可能性があり、最悪の場合には死亡という結果も考えられるという説明をしているのであるから、患者Aが死亡したからと行って医師Bや被告病院が法的な責任を負うことはない。○か×か。
2)患者Aの心筋梗塞が相当増悪していたことから、医師Bが適切な医療を行ったとしても、患者Aを救命し得た可能性は60%程度であったという場合、50%を超える可能性がある以上、医師Bと患者Aの死亡との間に因果関係は認められ、被告病院は患者Aの損害を賠償しなければならない。○か×か。
3)医師Bが適切な医療行為を行った場合に患者Aを救命し得た可能性が30%程度であったとしても、被告病院が患者Aに生じた損害の賠償をしなければならない場合がある。○か×か。

みなさん、どうでしょうか(正解だとされた答は、この文章の最後に挙げます)。
当日の会場では若干の差はあるものの、赤と青の紙はいずれの設問もほぼ同数揚げられました。裁判官は出題者であり、会場で赤や青を挙げたのは医師と弁護士です。
この光景を見て思ったのは、どの設問も微妙だから裁判になるのであって、○か×か簡単ではないはず、というものです。裁判官100人を集めて○か×を答えさせたとき、100%○、あるいは100%×になることはあり得ないのではないか、とも思いました。それが証拠に、地裁→高裁→最高裁の実際の判断を見ても、○→×→×、○→○→×、×→○→×など様々あるように思います。

2つ目の注目点は、上の設問にある%の数字です。「80%以上の蓋然性は高度の蓋然性と判断され、因果関係ありとされる」ということ、「20%以上だと因果関係に相当程度の可能性があるとされる」ということです。そして、過失ありで、「高度の蓋然性」がある場合は損害賠償、「相当程度の可能性」がある場合は慰謝料を払う義務があることがあるということです。
誰が何のエビデンスで80%だ、20%だと決めるのだという質問は会場の医師から当然寄せられました。裁判官からは、厳格には決められない(?!)ものの、「総合的に判断」して決めるとのことでした。私の印象では、要するに裁判官ごとに心証度は異なる可能性があるということを認めたように思いました。

3つ目は診療ガイドラインのことです。学会からは、診療ガイドラインは裁判で用いるべきものではないと再三述べられているにもかかわらず、当日の裁判官からは「注意義務の基準として学会の診療ガイドラインを用いている」という言明がありました。「参考にする」ということではありませんでした。
医療訴訟では、注意義務違反の有無は過失の有無に関わります。過失があり、因果関係がある場合のみ医療者側に損害賠償の義務が生じるとされます。その過失の有無の判断にガイドラインが使われているという現実は残念でなりません。最近のガイドラインでは、簡潔な表は掲載せず、文章だけになっています。推奨度の多くは「弱く推奨する」という書き方になっています。裁判対策だということなのかもしれません。

4つ目は、医療行為の結果、すなわち重症度によって責任の有無が問われるということです。過失があっても因果関係がなければ賠償責任は問われないはずですが、死亡等の重大な結果であれば、因果関係が「相当程度の可能性(20%以上)」だと慰謝料を払うことがある、ということです。結果で責任が異なる、というのは患者側に立った考え方なので理解したい気持ちになりますが、厳密な法体系としてはいかがかと思います。「後出しジャンケン」に似ているとも思いました。

とは言え、ともかく、裁判官、弁護士、医師が一堂に会して議論する場があるというのは好ましいことです。意義は間違いなくあります。

(裁判官が正答と言ったのは、1)×、2)×、3)○。私は、×、○、○でした。ちなみに「〜する場合がある」、「〜することがある」は常に○であることは受験生なら誰でも知っていますので、この設問だけは自信を持って○にしました。)