医薬品の供給不足

アブラキサンという抗がん薬が間もなく入手困難になると報道されました。10月中旬には国内在庫がなくなり、出荷再開のめどは立っていないとのことです。アブラキサンは乳がん、胃がん、肺がん、膵がんなどで使われます。とくに切除不能の膵がんでは代替薬がない場合があり事態は深刻です。供給不足の理由は、「生産するアメリカの企業の製造工程の検証があり、再評価の必要が生じたため」とされています。それ以上の詳細は不明です。

アブラキサンに限らず、医薬品の供給不足の話が最近多くなっています。
エルデカルシトールやアルファカルシドールという骨粗鬆症の薬が現在ほぼ入手困難となっています。日本骨代謝学会と日本骨粗鬆症学会は代替治療法などについて提言を行なっています。エルデカルシトールについては、後発メーカーのN社とS社がそれぞれ「製造所変更に伴う技術移管の遅れにより、一部包装規格の生産が遅延」、「製剤工場の定期的な保守点検を実施」を理由に挙げています。一方、先発メーカーのC社も増産体制が整わず、出荷調整に入ったと報じられています。

医薬品の不正製造で行政処分を受ける製薬企業が相次いでいます。2020/12/17のブログで取り上げたK社もそうですし、上記のN社も別件で業務停止処分を受けました。こうした問題も供給不足に関係しているのかもしれません。エルデカルシトールについてさらに調べてみると、先発メーカーのC社が後発メーカーのN社とS社を相手取って特許権侵害訴訟を提起していることも分かりました。

以前も述べましたが(2020/12/17)、医薬品の製造については複雑な関係があり、素人には分かりにくくなっています。
医薬品とそのメーカーは、製造元(=包装製造元)、錠剤製造元、原薬製造元、原料製造元が入り乱れており、かつ不透明な部分が多々あります(2020/12/17ブログ)。とくに原薬製造元は不明なことが多く、さらに原料製造元に至っては通常ルートで情報を得ることはできません。

医薬品の供給不足は10年以上前から世界的に問題になっていました。
日本では2019年にセファゾリンという抗生物質が急に供給不足となり臨床現場とくに外科(創感染予防に多用)では大騒ぎになりました。供給不足の理由は、ヨーロッパ企業の原薬に異物混入があったこと、原薬の元の原料を製造する中国企業が供給停止をしたことなどが重なったためとされています。
さらに、政府による医療費削減策のために薬価引き下げが繰り返され、とくに比較的安価な医薬品については製薬企業の製造意欲が落ちたことも遠因とされます。

厚生労働省は昨年、「医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議」を発足させ、対応を協議してきました。そのとりまとめによれば、安定供給に関する構造的な問題として
1)採算性等の関係で、世界的に見て中国等の特定国の少数の社に医薬品原料物質や原薬の製造が集中、
2)現地の環境規制対策等により生産コストが上昇、
3)品質基準に対する対応の遅れや追加コスト発生、
4)複数の国にサプライチェーンがまたがっている、
などを挙げています。
このとりまとめの注釈に、「原薬製造については、日本国内のほか、南欧諸国や東南アジア、インド、韓国などが散見されるが、原料製造については、中国が大部分を占めていることが確認された」とあります。「大部分が中国」となると話はいよいよ複雑になります。

いずれにしても医薬品の供給不足には我々の知りえない「裏の世界」が間違いなくあります。現場としては、何としても安定供給を図って欲しいと強く願うばかりです。