原著論文(2)

2022/9/29のブログ「原著論文」で述べましたように、新型コロナウイルス感染症に関連する論文を投稿しました。
この分野の文献を渉猟した結果、ある雑誌が最適と思われました。まずそこに原稿を送りました。すぐに返事が来ました。
「我々の求めるレベルに達していない」。
不採用(リジェクト)でした。編集者のメールには、「我々の雑誌のインパクトファクター(被引用回数から割り出した係数。高いほど価値の大きい雑誌とされる)は20以上あり、掲載できる論文は僅かに過ぎない」とありました。しかし、親切なことに幾つかの雑誌を紹介してくれました。推薦してくれた雑誌に投稿しましたが、「求められる研究手法ではない」、「この論文形式は採用していない」、「価値は限定的である」などの理由でいずれもリジェクトされました。
ひとりの編集者から「感染症学ではなくヘルスサイエンス分野がよいのではないか」とのアドバイスをもらいました。ヘルスサイエンス関係の雑誌をいくつか調べ、インパクトファクターの比較的低い雑誌に狙いをつけました。

内容は自分で言うのも変ですが、価値があると思っています。誰もこのようなことを言っていないからです。世に問うのが目的ですので、雑誌は一流だろうが三流・四流だろうが構わないと思うようになりました。
そこでインパクトファクター2点台のヘルスサイエンスのマイナー誌に投稿しました。すると比較的好印象で迎えられ、いくつかの審査を経て今週、ようやく採用(アクセプト)されました。
ゲラ刷りのタイトルを図に示します。公開されたら検索してみてください。

新型コロナウイルス感染患者の隔離解除はどう決めるべきかを論じ、PCRのCt値の変化に基づいて決めるとよいのではないかを提案しました(Ct値については2022/1/24のブログを参照ください)。
実は、日本のガイドライン(「新型コロナウイルス感染症 診療の手引き」)には感染患者の隔離解除の基準というのは載っていません。退院基準が載っており、多くの医療機関ではそれを入院患者の隔離解除基準として用いてきました。私もそうしてきました。
隔離解除後すぐに退院となれば問題はあまりありません。少なくとも病院内では問題は生じません。問題になるのは、隔離を解除したが退院できずそのまま院内にとどまる場合です。高齢者のほとんどがこれに属します。隔離中は個室、しかも陰圧環境の中で防護服(PPE)を着用して対応します。隔離解除されると通常の病室、多くは大部屋に移ります。そこには陰圧装置はなく、医療者もフルPPEをやめてサージカルマスク+フェースシールド±手袋での対応となります。大部屋だと新型コロナ以外の患者もいます。免疫力の低下した重症者もいます。
「10日ルール」で隔離解除して本当によいのか。この疑問は当院でのクラスター発生(2022/7/22〜8/22ブログ参照)のときに感じました。隔離解除した患者をあらためてPCRで調べるとウイルス量が相当に多いケースが次々見つかったからです。今まで「10日を過ぎてPCRで見つかるのはウイルスの死骸だ」と言われ続けていました。しかし、「死骸」にしてはウイルス量は多く、ときにウイルス量が増えていくこともありました。
あらためてアメリカの疾病対策予防センター(CDC)のガイドラインを読んでみました。2022/2/2更改の勧告に「伝染性に配慮した予防措置の期間(Duration of Transmission-Based Precautions)」という項目がありました(現在は2022/9/23更改版*が公開されています)。
*https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/hcp/infection-control-recommendations.html

有症状患者の隔離解除基準は次の3点にまとめられています。
1) 症状が軽症ないし中等症であり、免疫不全が中等度でも重度でもない場合は、少なくとも発症後10日以上過ぎてから、かつ解熱剤の投与なく最後の発熱から24時間以上過ぎてから、かつ症状(咳や息切れなど)が改善しているという条件で隔離を解除できる。
2) 症状が重症ないし超重症であり、免疫不全が中等度でも重度でもない場合は、少なくとも発症後10日〜20日過ぎてから、かつ解熱剤の投与なく最後の発熱から24時間過ぎてから、かつ症状(咳や息切れなど)が改善しているという条件で隔離を解除できる。次の「中等度ないし重度の免疫不全がある場合」の検査に基づいた方法(検査ベースの方法)を採用してもよい。
3) 中等度ないし重度の免疫不全がある場合、検査に基づいた隔離基準および(可能な範囲での)専門家との相談で隔離解除を決定する。有症状者での具体的な対応は、解熱剤投与なしでの解熱状態、かつ症状(咳や息切れなど)の改善、かつ24時間以上あけての2回の抗原検査ないし核酸増幅検査(NAAT)(筆者註:いわゆる簡易PCR [NEAR法・LAMP法など])で陰性であることを条件に隔離を解除できる。

しかしこのCDCの勧告には現実にそぐわない点があります。そもそも免疫不全の程度(軽度、中等度、重度)がよく分かりません。CDCの他のガイドラインにも「中等度ないし重度の免疫不全がある場合」のことが触れられていますが分類の定義は見つかりません。10日、20日という明確な数字がある割に前提が曖昧です。

私の経験では、がん末期のかたが感染した場合、感染性が1ヶ月近く続いていると思われることがありました。概して言えば、高齢になるほど疾患の併存が多く、さまざまな薬物(例えばステロイド)を服用している可能性があります。高齢者は総じて「免疫不全」なのかもしれません。その一方で、100歳のかたで10日目にはウイルス量の激減をみた例もありました。

「個別化医療」の考え方からすると全ての患者に検査ベースでの隔離基準を採用するのがよいように思います。それでもCDCが言うように抗原検査ないし核酸増幅検査2回陰性を採用すると、2回続けて陰性になるのがいつになるのか分からず膨大な手間と時間とお金を浪費することにもなりかねません。

私の提案はシンプルです。入院してきたときとその1週間後あるいは発症10日後の2回、PCRのCt値を測り1日当たりの変化量からCt値30になる日を推定してその日を隔離解除とするものです。Ct値30は一般に感染性が「ほぼ」なくなるとされています。8割の例では2回の計測で隔離解除日が推測できます。2割の例ではCt値の上昇(=ウイルス量の減少)が得られず3回目のCt値が必要となります。まれに4回目も必要となります。3回以上を要するのはCDCのいう「免疫不全」なのかもしれません。しかし見た目はもちろん、病歴や血液データでも「免疫不全」と思われるのは、がん末期のかたを除くといませんでした。いずれにしても今回の対象者(2022/7/24 – 8/20の病棟クラスター患者)の隔離解除は、解除前に亡くなった3名を除く16名のうち有症状10名では発症11 – 32日後(中央値16.5日)、無症状6名では陽性判明8 – 25日後(中央値12日)でした。

この隔離解除基準はあくまでも試案です。Ct値30で本当に感染性はなくなるのか、実際にこの方法で隔離解除すれば院内感染・施設内感染は起こらなくなるのか、測定値の誤差やバラツキはないのか、など今後解明すべき点は多々あります。そもそも院内感染が隔離解除された患者から広がるという報告はないようです。それでも可能性としてはあり得ます。厳格な面会禁止よりも現実的な対応策として考えておくべきだと思うのです。
忌憚のないご意見を賜りたいと思います。