土曜午後・休日の救急

ある土曜日、外来業務が終わった直後の昼過ぎ、発熱患者が市外からわざわざ来院されました。当院の発熱外来は平日に開いていますが、土曜も午後1時までなら対応は可能です。新型コロナウイルスPCR検査の検体を外注できるからです。
コロナ禍では発熱があると医療機関への受診が限られます。PCR検査を実施して陰性/陽性の結果を早く出したほうが患者にも診療側にもよいはずです。
その患者は重度の蕁麻疹(じんましん)でした。蕁麻疹の専門は皮膚科です。事実、最初にかかったのは皮膚科のクリニックでした。蕁麻疹と診断されて治療を受けましたが、皮疹は悪くなる一方でした。そこで近くの内科医院に行ったところ、当院を紹介されたというのです。ただし内科医院からの紹介状の宛先は当院の皮膚科でした。当院の皮膚科は平日の2日間に限られています。私は皮膚科の専門家ではありません。発熱があるため他のクリニックでは診てもらえない、土曜なので公立・公的病院の外来は開いていない。だから当院に紹介された・・・。
正直「困ったな」と思いました。PCR検査だけでも実施しておこうと思い検体を採取しました。問題は病状です。全身の皮膚に発疹が出現し、かゆみを強く訴えています。しかも顔面が腫れていました。
専門でないとは言え、蕁麻疹の症例はそれなりに多く診ています。何よりも私自身が全身の蕁麻疹で数年に一度苦しめられています。眠れぬ夜を過ごしたことが何度もあります。したがって蕁麻疹の勉強はそれなりにしてきました。蕁麻疹の教科書を何冊も読んできました。最新の蕁麻疹診療ガイドラインも手元にあります。ただ、目の前の患者はかなりの重症でした。特に顔面浮腫が非常に気になりました。真っ先に心配したのは喉頭浮腫が起きて窒息に至らないか、ということでした。当院の非常勤の当直医1人に週明けまで任せてよい病態ではありません。
しかし、土曜日午後に、喉頭浮腫が懸念される重篤感のある蕁麻疹患者を診てくれる施設はあるだろうか。こういう時こそ救急センターだろうと思いました。すぐに電話を入れました。
当番の医師は私の説明を聞くと次のように言いました。
「一応診ますけど、どっちみち帰宅になります」。
喉頭浮腫の懸念も伝えました。が、やはり「帰宅になります」ときっぱり言われました。
「では、呼吸が苦しくなったらどうすればよいのですか」。
思わず聞いてしまいました。
「ああ、そうなったら救急車を呼んでください」。
「・・・。結構です」。電話を切りました。帰宅させるのなら私でもできます。
自分の知識をフルに使って治療薬を処方しました。
「もし苦しくなったら救急車を呼んでください」。
先ほど聞いた言葉をおうむ返ししました。残念な気持ちでした。
月曜日朝、PCR陰性の結果を伝えるために患者の携帯を呼びました。
皮膚科常勤医のいる市外の総合病院に入院していました。日曜日に苦しくなったため救急車を呼んだとのこと。その病院の担当医に私からも御礼を述べました。診断は蕁麻疹ではありませんでした。感染症に伴う中毒疹だというのです。勉強不足を恥じました。
ともかく結果オーライでした。でも「苦しくなったら救急車」は実にキワドイ話です。かつて埼玉県では自宅療養中の新型コロナ患者は「苦しくなったら救急車」でしたが、その患者のうち2名は間に合わず、亡くなっています。

別の話です。ある日曜日でした。金曜日のPCRの結果を少しでも早く伝えるために病院に行きました。届いていたファックスは幸い、全員陰性でした。それぞれに電話連絡して、さて、と腰をあげました。
病院に来たついでです。各病棟を回ってみることにしました。ある病棟で看護師が慌ただしく動いていました。私の顔をみるなり「大変です!」。病室に案内されると、患者はショック状態、意識が混濁していました。当直医を呼ぼうとしていたところでした。
患者は私も以前担当していましたが、そのときは担当を外れていました。直感で、敗血症性ショックと診断しました。感染巣は分かりません。血圧が低くショック状態であるのは間違いありません。すぐに救急センターに送ることとしました。電話に出た当番の医師は快く引き受けてくださいました。限られた時間の中で紹介状を作成しました。この患者はもともと救急センターのあるその病院から当院に転院してきたかたです。ある程度の情報はその病院にもあるはずですので、提供するデータは直近に限らせてもらいました。日曜日の救急受入れは大変なのにありがたいことだと感謝しました。転院したことを主治医に連絡しておいて欲しいと病棟の看護師に頼み、病院を後にしました。
自宅に帰って夕食を摂っていると、病院から電話がかかってきました。転送先の救急センターから電話があり、詳しい情報を教えて欲しいと言っている、主治医に連絡が取れないので紹介状作成者の私から情報を知らせて欲しい、と言うのです。
自宅から救急センターに連絡を入れました。色々突っ込まれて聞かれました。ある処置についてとくに細かく問われました。直接の担当医ではないので詳細は分かりませんと答えました。現在自宅にいるのでカルテが見られませんとも言いました。しかしかなり不満な様子でした。「主治医に何とか連絡を取って説明させます」と言うのが精一杯でした。その後、主治医と連絡が取れ、この件はひとまず終わりました(実際はさらに話が続くのですが省略します)。

また別の話です。ある日曜日の朝、病院からの電話で目が覚めました。私の担当患者についてです。安定した経過で入院していましたが、たまたま別の疾患を合併し、前日、非常勤の専門家による臨時の診察を受けていました。ところが日曜の早朝から高熱が出ました。当直医が対応してくれましたが、「食事量が少ないので点滴の指示が欲しい」という看護師からの依頼でした。口頭で指示を与えました。しかし気になって病院に行きました。意識はあるものの高熱+低血圧状態から敗血症性ショック、その原因は前日に生じた合併疾患だと気づきました。専門的な処置を速やかに行わないと命に関わると直感しました。ただしその処置は、一般的なものではありません。いわゆるマイナー科の専門的処置です。日曜日にその分野の専門医師がいるのか、不安でした。が、何とかしなければなりません。救急センターに連絡したところ、「日曜日にその診療科の医師はいない」とあっさり断られました。次に公立病院に電話をしたところ、時間はかかりましたが、その科の医師を見つけてくれました。状況を説明すると「すぐ送ってください」。地獄に仏、急いで紹介状を書き転院させました。
ショック状態の中で緊急処置を行い、数日間のDICへの対応によって救命できた、という御返事が後日届きました。「ありがとうございました!状態が落ち着けば当院でまた診ます」と伝えました。

土曜日午後・休日の救急を巡る出来事は他にもいくつかあります。振り返れば、大学病院や県立病院に長く勤めていた関係で、送る立場よりも受ける立場のほうが多くありました。今は送る立場になっています。受ける立場からすると、送り側が考えるほど簡単な話ではないことは十分承知しています。専門の立場からすると、なぜこれが救急なのか、こんなことも知らないのか、と疑問に思うケースも確かにあります。
その受ける立場を考えて送るように心がけていますが、思わぬ返答に戸惑うことが少なくありません。この戸惑いは相手施設によってかなりの差があります。

私自身、救急車はほとんど断りません。救急隊員は、どの病院ならこの病態の患者が受けられるか、受けられないか、をよく知っています。トリアージをしているのです。その上で当院に搬送依頼をしてくるのですから受けるのが当然です。この病院に来て1年半。平日の日勤帯の救急当番に限ると、約100件の救急搬送を個人的に受けました。数は大したものではありませんが応需率は90%を少し超えます。断ると高次医療機関に負担がかかると思う気持ちもあります。稀ながら、到着後に重症度が想定以上で当院での対応は困難、と判断したときは他の病院に転送をお願いします。概ね問題ありません。平日だからだろうと思います。私にとって簡単でないのは土曜午後・休日の救急です。

土日に働く救急センターの関係者の苦労が大変なことは想像できます。送るほうも受けるほうも患者のためを思っているはずです。私にとって嫌味と感じる言われ方は、相手の真摯な思いからの言い方なのでしょう。しかし、度重なると「時間外診療に関わるのは止めようか」とついつい弱音が出てしまいます。転送のタイミングがよかったですね、と言われるとますます精進しようと思うのです。