外科医が知っておきたい感染症対応・感染対策

先週土曜日夕方、第375回ICD講習会をオンラインで聴講しました。ICDはインフェクション・コントロール・ドクターのこと。病院感染対策を担う医師および感染症関連分野のPhD(ドクター)を有する者(職種を問わない)のうち感染対策の活動実績など一定の要件を満たす者に与えられます。日本感染症学会など現在19学会によるICD制度協議会が認定します。ICDは5年ごとの更新となりますが、更新には実績や講習会・学会への参加が義務付けられています。ただし、一部の感染症専門家からは「なんちゃって資格」との批判があります。「ゆるい」というのです。確かに私自身の実績・能力・勉強は「なんちゃって」に近いと忸怩たる思いもあります。とはいえ、何もしないよりはマシなことは確かですので、ICD講習会には定期的に参加してきました(2019/12/2、2020/2/17、2020/8/24、2021/5/24のブログ参照)。

今回のテーマは「外科医が知っておきたい感染症対応・感染対策」。1.性感染症、2.HIV感染症、3.DPCからみた感染対策、4.敗血症初期対応から成っていました。
はじめに略号を説明します。HIVとはヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus)のことです。エイズウイルスと呼ばれることがありますが、エイズ(AIDS)は後天性免疫不全症候群(Acquired Immunodeficiency Syndrome)のことで、HIV感染者が免疫能の低下により特定の感染や腫瘍を発症した状態を指します。HIV感染者が無症状であればエイズとは言いません。
DPCは「診療群分類包括評価」のことです。簡単に言えば、急性期病院の入院診療が一定の病名(Diagnosis)と処置(Procedure)との組み合わせ(Combination)によって分類化され、その分類のなかでは薬代や検査代にかかわらず(=包括化されて)1日当たり一定の診療報酬が支払われる制度のことです。ほぼ全ての診療データが国レベルに集められ、診療の効率化と医療費の管理を図る仕組みになっています。高い報酬が得られる一方、厳しい要件が課せられます。多くの医療人材と高い病院機能が求められますので、主に中規模以上の急性期病院に導入されています(全国8300余の病院のうち1700余)。ちなみに当院はDPCではありません。

さて本題です。各講演のポイントを私なりにまとめてみました。

1.性感染症(新小倉病院泌尿器科 濱砂良一先生)
代表的な病原体は、細菌では淋菌(りんきん)・クラミジア・梅毒、ウイルスではパピローマウイルス・HIV・肝炎ウイルス(A・B・C・E)、原虫・寄生虫ではトリコモナス・赤痢アメーバ・ケジラミ、真菌ではカンジダなどです。
性感染症は最近、減少の傾向があります。とくに男性淋菌や女性クラミジアではこの20年で半減しています。一方、梅毒はしばらく低頻度でしたがここ5-6年急増しています。減少してきたクラミジアも最近は男女とも増加の傾向があります。性感染症の原因微生物は性器以外、とくに咽頭・直腸・眼に注意が必要とのことでした。淋菌は血液中や関節液から検出されることもあるとのことでした。淋菌の薬剤耐性が世界的に問題となっています。ペニシリンはほぼ100%耐性で、今のお勧めはセフトリアキソン(ロセフィン®️)静注またはスペクチノマイシン(トロビシン®️)筋注とのことです。梅毒の治療はペニシリン系が依然として有用で、アモキシシリン(サワシリン®️)経口4週間または今年9月に承認されたばかりのベンジルペニシリンベンザチン(ステルイズ®️)水性懸濁筋注が勧められます。ペニシリン注ではアナフィラキシーショックとヤーリシュ・ヘルクスハイマー反応(病原菌の大量死滅による発熱反応)に注意が必要です。

2.HIV感染症(九州医療センター免疫感染症内科 南 留美先生)
HIV感染者と症状の出るAIDS(エイズ)患者の数は1980年代半ばから増加していき2010年前後には毎年それぞれおよそ1100人、500人の発生が報告されていました。その後は減少に転じています。昨年2020年はHIV感染数がかなり減りましたがそれはコロナの影響で検査件数が減ったためだそうです。ただしAIDS患者数は横ばいでした。
HIV感染者は「合併症を持ちながら生活する期間」が長くなりました。2000年頃の20歳の人の余命は40年足らずでしたが、2015年頃には60年近くになりました。寿命は非感染者との差が10年ほどに縮まりました。一方、「病気(合併症)のない期間」は以前と変わりないため、病気で悩む期間が長くなっています。それは、HIV感染者がさまざまな病気を発症しやすいからです。合併する疾患の2/3は免疫・血液関係ですが、骨折や腫瘍、脳動脈瘤、虫垂炎、中耳炎などの外科系疾患も1/5ほどを占めます。特にがん(脳腫瘍、扁桃がん、肝臓がん、尿路がん、乳がん、肺がんなど)ができやすくなっています。がんの特徴として、若年発症が多い、化学療法の副作用頻度が高いことなどが言われています。
未治療HIV感染者の急性虫垂炎の1例(30歳代)が紹介されました。抗HIV治療と抗菌薬治療を開始しましたが、症状は改善せず緊急手術となりました。結果、虫垂は融解消失していたのこと。手術のタイミングの難しさが分かりました。
HIV感染者からの針刺し切創事故などのHIV暴露時の対応は、おおむね既存の対応マニュアルと同様でした。ポイントは、高リスクでは速やか(できれば2時間以内)に抗HIV薬の初回内服をすること、ただし内服の判断は十分な情報提供のうえで当事者が判断すること、内服を継続するかは専門家と相談すること、暴露後の予防内服は労災保険による給付が認められること、などです。

3.DPCからみた感染対策(産業医科大学公衆衛生学 松田晋哉先生)
大腸手術の1つである結腸がん手術についてDPCの大規模データを解析しました。まず手術部位感染(SSI、surgical site infection)。手術件数が多いほどSSIは少なくなる傾向があります。術式別では開腹手術よりも腹腔鏡手術の方がSSIは低くなっています(およそ半分)。ただし、腹腔鏡手術から開腹手術への移行例では開腹手術の2倍以上になります。肥満者や喫煙者ではSSIは多くなりますが、糖尿病や高齢者で増えるというデータはありませんでした。
次に術後肺炎。ここでも手術件数が多い施設ほど肺炎の頻度は低く、また腹腔鏡手術は開腹手術よりも、若年者は高齢者よりも、非喫煙者は喫煙者よりも肺炎の発生は少なくなっていました。ただしSSIと異なり、肥満者では肺炎の頻度は低く、痩せているほど術後肺炎は多くなっていました。また糖尿病では肺炎発症が多くみられました。
SSIにせよ肺炎にせよ術後合併症が起きると病院経営にとって大きな損失が生じることが強調されていました。
栄養サポートはSSIや術後肺炎の予防に役立つか?など臨床現場の疑問に対し適切なモデルを構築することでDPCデータが活用できるとのことです。相談に乗りますとのことでした。

4.敗血症の初期対応(千葉大学救急集中治療医学 中田孝明先生)
最近、敗血症の定義が変わりました。以前は、感染症+SIRS(全身性炎症反応症候群、systemic inflammatory response syndrome)とされていましたが、現在は感染症+臓器障害と定義されています。SIRSは体温・脈拍数・呼吸数・白血球数(or 分画)の4項目中2項目あれば該当しました。炎症反応の評価としては「いまいち」と言われたSIRSです。階段を登って脈拍数・呼吸数が増えるとSIRSになるからです。臓器障害に替わることで敗血症の定義は明確になりました。臓器障害はSOFA(連続的臓器不全評価、Sequential Organ Failure Assessment)で判断します。感染症で凝固・脳・心・肺・肝・腎の各機能を数値化し、短時間で総スコアの2点以上の上昇があるとき敗血症となります。
敗血症ショックは「感染症で低血圧の状態」を意味するのではないことが強調されました。あくまでも「適切な輸液負荷でも低血圧が持続し、平均血圧≧65mmHgを保つために血管収縮薬を要する状態、かつ、血中乳酸値≧2mmol/Lである状態」を言うとのこと。心しておきます。
日本版敗血症診療ガイドライン2020が発刊されました。400ページを超える大部の本ですが、概要版があり、さらにスマートホンのアプリ版ができています。私も早速ダウンロードしました。ガイドラインの概要がすぐに分かり、SOFAスコアも簡単に出せます。意識レベルをみるGCS(グラスゴー昏睡スケール)のアプリも同時にダウンロードしておくとよいでしょう。
敗血症における循環管理は重要です。ポイントは、十分な補液は大切だが過剰輸液はダメ、血管収縮薬はノルアドレナリンが第一選択、ドパミンはダメ、血管収縮薬の第二選択はバソプレシン、初期輸液と循環作動薬に不応の場合は低用量ステロイドが推奨、でした。

今回は第34回日本外科感染症学会に付置した講習会でしたので、外科系に向けた内容になっていました。しかし、内科の一般診療にも役立つのは間違いありません。早速、参考にしたいと思います。