手術症例の全数調査=NCD

先月14-16日、日本外科学会第122回定期学術集会(会頭 馬場秀夫熊本大学消化器外科学教授)が熊本市で開かれていました。オンラインで参加しようとしましたが、3日間とも病院業務に追われ、オンタイムに視聴することはできませんでした。オンデマンドのアーカイブ配信が4/25から始まり、ようやく少しずつ視聴できるようになりました。
ゴールデンウィークは半ばですが、休日は朝からひたすら講演を聴いていました。そのうちの1つ、特別企画4「NCDデータで紡ぐ外科学の進歩」を紹介します。

NCDはNational Clinical Databaseの略です。日本外科学会が中心となって手術症例を全国規模で集積しているデータベースです。2010年に発足し10年以上経ちました。最近では、5000を超える施設から毎年180万件前後の手術症例が報告されています。当初、専門医制度の中で活用されていましたが、ビッグデータを使った新たな臨床研究が次々発表されるようになりました。さらに手術の均てん化、フィードバックによる質の向上に役立つようになりました。医療行政の変革にも役立っています。NCDはさらにどのような貢献をするのか。それが特別企画4でした。
消化器、肝胆膵、乳がん、心臓血管外科、肺がんの各領域でのNCDの利活用について発表がありました。

私なりに報告をまとめます(順不同)。
1)主要な消化器外科手術では手術死亡は確実に下がっている。ただし、食道と膵臓の術後合併症は減少せず、むしろ増加している。
2)手術成績は施設全体の症例数が多いほど術後死亡は少なくなる。外科医個人の経験は少数であっても施設の経験が多ければ成績良好である。したがって高難度手術は集約化すべきだ。
3)手術成績を全国平均と比較できるようになり自施設での対策につながる。
4)術後の早期死亡と重篤な合併症発生のリスクを計算できるようになった。

5)ロボット手術など新しい手術はNCD登録が必須とされ、短期間に手術の安全性が確認できるようになった。
6)乳がん術後は死亡も重篤な合併症もない。したがって乳がん手術の質は、他分野のような術後率や合併症率ではなく、必須の検査や治療法(放射線治療・化学療法・ホルモン療法)の実施率で評価する。
7)乳がん卵巣がん原因遺伝子の1つであるBRCA1/2の情報は、匿名化の条件で今年4月からNCDに登録されるようになった。
8)冠動脈バイパス術には、人工心肺を使うオンポンプバイパスと、使わないオフポンプ(心拍動下)バイパスとがある。低侵襲のオフポンプのほうが予後良好と思われていたが、長期成績は意外にもオンポンプが良好だった。その理由としてオフポンプでは完全血行再建を「はしょる」からではないかと推測された。
9)肺がん手術では、術後早期死亡率・合併症率が一定以上であれば手術を回避することを考慮すべきである。
10)NCDは手術の短期成績だけでなく長期成績もみていく必要がある。
11)手術療法のほかに化学療法・放射線療法・緩和療法のデータも集めていく必要がある。
12)患者による手術評価が今後重要である。アメリカで行われている患者報告アウトカム(patient-reported outcomes;PRO)を日本も導入する。患者・家族はスマートホンで術後QOL評価(歩けるか、食べられるか、痛むか、等)を報告するようになる(ePRO)。

最後の患者報告アウトカム(PRO)は外科分野でも患者の医療参加の流れが出てきたことを示しています。全員参加型の医療のもうひとつの形として期待したいと思います。