摂食嚥下障害

新型コロナウイルス感染症にかかると摂食嚥下障害が多発します。とくに認知症などさまざまな合併症を有する高齢者では、コロナになった途端、食べなくなる、食べられなくなることをよく経験します。オミクロン株になってからとくに目立ちます。
オミクロン株では喉の痛みを訴える人が多く、肺炎よりも咽頭炎・上気道炎の症状が主となります。通常の風邪と同じです。しかしコロナは治っても食べられない人が多い。この点、普通の風邪とは違うようです。

先日、当院看護部の依頼で新型ウイルス感染症の講演を職員にしました。当院で扱った患者のデータを中心に発表しました。ほとんどが思い出話でしたが、強調したのは、看護部だけでなく病院のあらゆる部署の協力を得て何とか対応できたということです。感謝しました。
講演の最後に今後の検討課題をいくつか挙げました。どれも私への宿題としました。その1つが「なぜ食べられなくなるのか?」です(図1)。

講演後まもなく、月刊誌「リハビリテーション医学」の2022年9月号が届きました(図2)。特集は「摂食嚥下障害に対するリハビリテーション医学・医療 The Cutting Edge」。まさに時宜にかなっています。
8本の総説から成っていました。精読しました。本企画担当者の青柳陽一郎先生(日本医科大学)が最初に「摂食嚥下障害障害のリハビリテーション 評価・治療-最近の知見と動向-」を執筆しています。その中で「COVID-19に起因する嚥下障害」を取り上げていました。世界的には「Dysphagia associated with COVID-19」(COVID-19関連嚥下障害)としてまとめられるとのことです。

COVID-19後の嚥下障害患者の多くに嗅覚・味覚障害が合併している、同様の機序で咽喉頭の粘膜細胞や舌咽神経・迷走神経の感覚神経および運動神経も障害される、そのため咽頭反射の消失・咽喉頭の感覚障害・咽頭収縮不全が起きる、と述べています。嚥下内視鏡検査(VE)でスコープの先端を喉頭蓋に接触させても咳反射や声門閉鎖反射が起きない例をしばしば経験するとのことです。COVID-19に関連して生じる廃用や脳血管障害、脳症、末梢神経障害などがサルコペニア(全身筋肉減少症)を起こし、サルコペニア性嚥下障害につながることも強調していました。
オミクロン株になってから嗅覚味覚障害を訴える患者はほとんどいません。COVID-19関連嚥下障害は咽喉頭の粘膜や神経の障害に関係すると思われます。

問題はこの摂食嚥下障害をどう治療するか、です。
嚥下障害はいろいろな疾患で起こります。特に脳血管障害の後にはよく見られます。したがって昔から脳血管障害後の嚥下障害に対する研究が進んでいました。当然、COVID-19関連嚥下障害の診療は従来の研究成果の応用になると思われます。さらに最新の研究成果も応用していく必要があると思います。こうしたことが「リハビリテーション医療に関連する口腔評価」(東京医科歯科大学 松尾浩一郎先生)、「慢性肺疾患と摂食嚥下障害」(東北大学 岡崎逹馬先生ほか)、「サルコペニアと摂食嚥下障害」(浜松市リハビリテーション病院 藤嶋一郎先生ほか)、「頚椎・頸髄疾患の摂食嚥下障害」(東京大学 井口はるひ先生)、「嚥下手技、姿勢調整」(藤田医科大学 稲本陽子先生)、「嚥下調整食に関する最新の動向」(国立国際医療研究センター 藤谷順子先生)、「末梢の電気・磁気刺激を用いた摂食嚥下障害の治療」(国立長寿医療研究センター 加賀谷斉先生)で明らかになっていきました。とくに最後の「末梢の電気・磁気刺激」は私の専門だった消化器外科領域でも便失禁に対する治療として大学医局の若手が取り組んだテーマであり興味深く読みました。

特集全体を通じ摂食嚥下障害の病態生理や診断・評価は分かりました。残念だったのは、そうした病態生理・診断・評価に基づく治療がどれほどの効果があったのかの具体的データがなかった点です。文献を引用し「効果を認めた」とする箇所は多くあるものの、各施設での自前の治療成績がないのは寂しいと感じました。
臨床の場では「理屈は分かるが結果が出ない」壁に直面します。もちろん全てがうまくいかないというのではありません。が、概して、残念な結果に終わります。摂食嚥下のプロが多く揃っていても、です。プロがさらに揃った施設での成績をぜひ知りたいのです。

嚥下障害に限りませんが、日常生活動作が不十分のまま退院した患者さんの中に、自宅あるいは施設に戻ってから目覚ましい進歩を示すかたがときにおられます。病院でできなかったことが退院後にできていることに驚き、ショックを受けます。病院の医療の何かが間違っていないか、不安に駆られます。手間と時間をかけた親身な介護が良いのかもしれない、だから病院ではできないのかもしれない。いろいろな考えがぐるぐる回ります。

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