新型コロナウイルスと変異株の変遷

年が明けてからオミクロン株が急速に広がっています。
新型コロナウイルスの1年9ヵ月と変異株の9ヵ月を振り返ってみます。

2020年4月からの当院での発熱外来のデータを示します(入院前・入院中・術前等のPCR検査症例は除外)(図1)。

新型コロナウイルスの変異株は2021年4月から検査ができるようになりました(図2)。当初はアルファ株が主体でしたが、7月下旬からデルタ株に置き換わりました。
アルファ株の変異の特徴はN501Yです。N501Yとは、新型コロナウイルスのスパイク蛋白の501番目のアミノ酸がアスパラギン(N)からチロシン(Y)に変わったことを意味します。デルタ株の変異はL452Rです。452番目のアミノ酸がロイシン(L)からアルギニン(R)に変わっているということです。
今年(2022年)1月初頭からオミクロン株に移行しました。オミクロン株の変異の場所が従来よりもはるかに多くみられることから、特定の安定した変異というのがないようです。「L452Rの変異がないのでデルタ株ではありません」という結果しか返ってきません。

しかし、スパイク蛋白のアミノ酸配列の変異を調べなくても、PCR検査の際に使用する標的遺伝子をみるとおおよそのことは分かります。
新型コロナウイルスを検出するためのPCR検査は当初、E遺伝子が標的でしたが、その後「Orf1ab遺伝子・S遺伝子・N遺伝子」の3遺伝子を標的にするようになりました。
アルファ株は「E遺伝子あり(+)、Orf1ab遺伝子あり(+)、S遺伝子なし(-)、N遺伝子検出(+)」でした。2021年6月、検査会社はデルタ株を発見するために変異蛋白の目標を従来のN501YからL452Rに変更してしまいました。そのため「L452Rなし(-)」という結果が戻ってくるようになりました。しかし、こうした例では「Orf1ab遺伝子あり(+)・S遺伝子なし(-)・N遺伝子あり(+)」となっていましたので、「L452Rなし(-) S遺伝子なし(-)」は全例アルファ株であったと思われます。一方、デルタ株の標的3遺伝子は「Orf1ab遺伝子あり(+)、S遺伝子あり(+)、N遺伝子あり(+)」です。3つの標的が全て陽性です。
2021年8月にデルタ株が蔓延していたとき、たまにL452R(-)例がありました(図4)。こうした例も「S遺伝子なし(-)」でしたのでアルファ株であったと思われます。
今年に入ってから出現したオミクロン株は「Orf1ab遺伝子あり(+)、S遺伝子なし (-)、N遺伝子あり(+)」であり、「S遺伝子なし(-)」がデルタ株と異なる点です。そこはアルファ株と同じですが、流行の現状を踏まえればオミクロン株と考えるのが妥当です。

PCR検査ではCt(threshold cycle閾値サイクル数)が併記されています。例えば「N遺伝子Ct 10」とあれば倍々に10回、すなわち210倍(=1024倍)増幅させて初めて N遺伝子の閾値に達した(=検出できた)、という意味です。Ct値が高いほど遺伝子の量が少ない(=ウイルス量が少ない)ということになります。Ct 40がPCR検査の限界とされ、それ以上の場合は「検出せず」=「陰性」の判定になります。
変異株が分かるようになった2021年4月からのCt値をN遺伝子でみた結果も図2に示されています。N遺伝子の検査がなくE遺伝子で見ていた場合は、E遺伝子のCtを示しています(例えば20.2(E)と表記)。
Ct値は発症から日数が経つと徐々に上がっていきます。ウイルス量が減ってくるからです。したがって図3のようにCtをそのままグラフに書くと上下の振れが大きくなります。肝心なのは、Ctの最低値です。Ctの最低値は、アルファ株では15前後、デルタ株では10前後ときに6〜7、オミクロン株では10〜15です。これをウイルス量に置き換えれば、デルタ株が最も多く、次いでオミクロン、アルファの順になります。

発症日からの日数に合わせてCt値をみたのが図4です。発症早期(あるいは発症前 [-1などマイナスで表記])にCtは低く(=ウイルス量は多く)、隔離が解除される発症後10日以降になるとCtは高く(=ウイルス量は少なく)なります。ウイルス量が減って感染性が十分に落ちるとされるのがCt 30以上と考える向きもあります。しかし、デルタ株では発症後10日を過ぎてもCtが20前後ときに15以下の例もありました。こうした例では国の基準(診療の手引き)の「重症者以外は、症状軽快3日以上、発症10日で隔離解除」で本当に大丈夫か、と心配したものです。実際には、中等症例でもCtが低ければ重症者に準じて発症15日以降に隔離解除とするのが安全ではないかと考え、そのように対応していました。
オミクロン株では長期経過のデータがまだありません。今後、注意してみていきます。

発症日については注意すべき点があります。例えば、無症状でいた(と思われる)人が「たまたま」熱を測ったら微熱があった。そこでPCRを受けたら陽性だった。その場合のCt値は発症1日後のデータと言えるか。あるいは、無症状だけど濃厚接触者だと言われてPCRを受けたら陽性だった。体温が気になって何度も測っていたら翌日微熱があった、そう言えばノドが痛い。PCRの結果は発症1日前のデータとしてよいか。症状がなかったが(自覚していなかったが)昨日から咳が出るようになったのでPCRを受けたら陽性だった。肺のCTでは収縮した肺炎像がみられた。 Ct値は27だった。本当に発症1日後だろうか。Ct値や肺炎像をみていると発症後の日数と合わないな、と感じることが時々あります。高齢者で目立つ印象があります。

オミクロンに戻ります。
オミクロン株はアルファ株やデルタ株と比較して、感染力は著しく強まったものの重症化リスクは低くなった、と言われます。当院でもそのように感じます。どのような点にそれが表れているか、次回述べます。

図1

 

図2.さいたま記念病院発熱外来のデータ

 

図3

 

図4