爪白癬の飲み薬が実は睡眠薬だった・・・

信じがたいことが起きました。
爪白癬(水虫)の飲み薬イトラコナゾールが実は睡眠薬だった・・・。
この薬を処方された人が意識消失で転倒する、あるいは交通事故を起こす事例が続きました。調べてみると睡眠導入薬リルマザホンが混入されていたためと分かりました。死者まで出たとのことです。由々しき事態です。

報道によれば、イトラコナゾール50mg 1錠あたりリルマザホン約5mgが混入されていました。「原薬の継ぎ足し」という本来認められていない作業が一因とのこと。継ぎ足しのときに原薬を取り違えた、というのです。二人で行うところを一人で行いダブルチェックが働かなかった、というのも理由に挙げられています。しかし、そもそも違法な作業にダブルチェックの不備を持ち出すのはどうかと思います。

水虫の飲み薬イトラコナゾール50「MEEK」の錠剤は、今回の事件を起こした小林化工の能書によれば、直径8.2mm・厚さ5.6mm・重さ約230mgですので、原薬が50mg、それ以外の成分が180mgということになります。同じく小林化工で作られているのが睡眠導入薬のリルマザホン錠 2mg(塩酸リルマザホン2)(商品名:塩酸リルマザホン2 「MEEK」)です。この錠剤は、直径7.1mm・厚さ2.5mm・重さ約120mgですので、原薬が2mg、それ以外の成分が178mgということになります。
イトラコナゾール50mgの分が完全に置き替わると睡眠導入薬は50mgも含まれてしまいます。実際は、1錠中のリルマザホンは5mg程度の含量だったとのこと。全て置き替わった訳ではなく、イトラコナゾールの原薬にリルマザホンの原薬が混ざってしまったということのようです。

それにしても本来2mgの睡眠導入薬1錠が5mgの含量だったとは・・・。睡眠薬や睡眠導入薬は普通寝る前に1日1回1錠だけ飲みます。ところが水虫の薬イトラコナゾール1錠50mgは、爪白癬に用いる場合、パルス療法と称して1日2回、1回200mg服用し、これを1週間続け、次の3週間は休薬。これを3サイクル繰り返します。
今回の場合、通常の2.5倍量の睡眠薬を含む錠剤を1回4錠、1日2回、計8錠も飲まされたのです。1日換算では常用量の20倍です。仮に1日目をなんとか過ごせても、これを1週間続けろ、というのです。当然、事故が起きます。死者も出ます。

イトラコナゾール50「MEEK」の「MEEK」は製造会社の略号です。イトラコナゾールは5つの製薬メーカーが製造している薬剤、いわゆるジェネリック(後発医薬品)です(先発はイトリゾール [ヤンセン])。ジェネリックは製薬メーカーの名前を薬の一般名(この場合はイトラコナゾール)の最後に入れます。本件の場合「MEEK」です。小林化工が製造販売しているという意味です。ただし、小林化工の本来の略号は「KN」(Kobayashikako-Nippon)です。「MEEK」は親会社の明治製薬(Meiji Seikaファルマ)が関わっていることを表します。製造元は小林化工ですが、親会社の明治製薬(Meiji Seikaファルマ)も販売に関わる場合、ジェネリックの略号は「MEEK」(Meiji Endorsable and Essential generics made by Kobayashi)となります。大手の会社とその子会社の関係が伺われます。

今回の事件の教訓は何でしょうか。
私たち医師が処方した薬がそもそもトンデモないものだったのです。許されないことです。製薬メーカーには我々医療者が守るべき医療安全の考えを徹底・実践してもらうしかありません。

「ジェネリックの怪しさが露呈した」という意見もあります。その側面はあるかもしれません。しかし、ジェネリックメーカーは先発品メーカーの大手と手を結んでいる場合が少なくありません。だからこそ「KN」ではなく「MEEK」という製造元表示が出てくるのです。
もう少し掘り下げて説明します。

私がかつてジェネリックメーカーの工場を視察したときのことをお話しします。あくまでも某ジェネリックメーカーの1つの工場を10年前に視察したときの目撃に基づきます。日本の製薬メーカーすべてに、しかも10年後の現在も通じるとは言えないかもしれません。参考としてお読みください。

そのジェネリックメーカーの工場は比較的小さな規模でした。精度を保つための精密器具を揃え、衛生環境も許容内だと思いました。錠剤製造機はいろいろな薬剤製造に共通の機械であり、例えばある時期はAという薬剤を作り、別の時期には同じ機械を使ってBという薬剤を作っていました。Aと Bのどちらの錠剤を作っているか、勘違いするリスクもあるかな、と思いました。一番ビックリしたのは、このジェネリックメーカーがジェネリックだけでなく某大手製薬の先発医薬品も製造していたことです。先発品の錠剤を入れる包装箱が建物の一角に置かれていたことから説明を求め分かったことです。ジェネリックとは一体何なのか、先発とは何なのか。誰がどこでどちらをどう作っているのか。摩訶不思議な世界だと思いました。

いろいろ調べるとさらに大きな問題があることに気づきました。先発にせよ後発にせよ、その錠剤や原薬、原料の供給源は入り乱れており、海外由来も少なくないということです。例えば2002年に先発薬のテオドールという気管支拡張薬が一時的に出荷停止になりました。その原因は、錠剤製造元のプエルトリコの工場からの成分記載に不適切な点があったからです。しかし国内販売のテオドールにプエルトリコの国名はありませんでした。

驚くことに日本で「製造元」とされるのはあくまでも「包装製造元」なのです。「錠剤製造元」は一般に表示されません。ましてや原薬や原料の製造元の表記もありません*。したがって、ジェネリックか先発か、どちらがまともか、という議論も突き詰めるとおかしなことになります。ジェネリックメーカーが先発品も作っている、ジェネリックも先発品も同じ原薬を使っている、原薬は世界の様々な工場に由来する、原薬の元となる原料はどこの誰がどう作っているのか闇の中、だからです。
*2010年の時点でのことです。2019年に、ジェネリックについては原薬製造国表示が業界団体の努力義務として一部のメーカーで行われるようになりました。

高血圧の薬で最もポピュラーなアムロジピンの先発品とジェネリックの製造元(繰り返しますが包装の製造元)・錠剤製造元・原薬製造元を2010年に調べた結果を下表に示します(薬価・メーカー名等は当時のもの)。錠剤製造元と原薬製造元は匿名化してあります。多くのメーカーが共通の錠剤製造元(国内が多い)と原薬製造元(海外も少なくない、海外では中国とインドが頭抜けて多い)を利用しているか、お分りいただけると思います。原薬の元になる原料はどこのものかの情報は当時ありませんでした。おそらく今も不明なのではないかと思います。

もちろん、今回の混入事件はもっと基本的なことを考えさせることに変わりはありません。前述のように、人的な間違いを防ぐ基本が守れなかった点が最大の問題です。医療安全に関わることです。私たち病院職員も医薬品メーカーを非難するだけでなく、自らのこととして十分心しなければなりません。
ただ今回の事件で「だからジェネリックはダメだ」という意見を聞くと、思わず上記の問題点を指摘したくなるのです。