理性と衝動

1年前、「人生最後の買い物」というブログを書きました(2021/10/22)。
人生最後の引っ越し、人生最後の車の購入。一抹の寂しさを覚えました。
その一方、新機種のノートパソコンの宣伝を見て買い替えの衝動に駆られました。歳をとっても現れる愚かな若さに戸惑いました。
あのとき理性は冷静に「買い替え不要」の判断を下しました。
「あと7年は大丈夫」。理性は言い切ったのです。

1年経った2022/10/12、そのノートパソコンが突然動かなくなりました。電車の中でのことです。バッテリーの消耗だろうと思いました。プロ級の知識と技術を持つ同僚に見てもらったところ、その通りでした。
ショックだったのは、パソコン本体の真ん中あたりが膨らんでいるのを指摘されたことです。バッテリーは古くなると膨らんでくる、バッテリーの取り外しができないタイプでは本体までが歪む、とのこと。近ごろ蓋の閉まりが悪いと感じていたのは、そのためだったのです。
なぜ気づかなかったのだろうか。落ち込みました。
同僚は本体の一部を器用に解体して新しいバッテリーに換えてくれました。再び快調に動き出しました。

が、それも束の間。20日後、画像処理ソフトが立ち上がらなくなりました。容量不足の警告が画面に出ました。大きな保存ファイルを削除するよう同僚に指示されました。急いでハードディスクドライブを買ってきて10数本の手術動画を移し、何とか必要な容量を確保しました。
後日あらためて調べてもらうと、データを保存するSSD(ソリッドステートドライブ)の1テラバイド [TB](=1000ギガバイド [GB])は既に990GB以上使われていました。
またもや「知らぬが仏」。そんなことも知らず、24年間5台のノートパソコンを使っていたのか。また落ち込みました。

1年前の理性は誤りだと分かりました。
あの衝動のまま買い換えていたらこの1ヶ月の苦労はなかったはずです。

「人生最後は衝動のままに生きるのがよいってことだな」。
「変な結論にするな」。
理性が止めに入ります。
「理性よ、もうお前の言うことなんか聞かないよ。衝動に従うよ」。
「ちょっと待て!」。
理性が慌てて言います。
「24年間にノートパソコン5回買い換えたなら寿命は元々5年だと分かるよね」。
「・・・」。
「衝動って言うけど、実は理性的に考えていたんじゃないの?」。
そう言われれば理性の言う通りです。
でもすぐ反論しました。
「だったら理性よ、1年前、あと7年は大丈夫だなんてなぜ言ったんだ?」。
少し間が空きました
「理性もお前と同じでな、情が入って狂うこともあるんだよ」。
「そうか。理性も衝動も仲良くしろ、ってことか」。
「まあな」。

今月末に新しいノートパソコンが届きます。お粗末な話で失礼しました。