金木犀(きんもくせい)の香り

昨日の朝、久しぶりの青空を見上げました。すると、あの香りに気づきました。見れば金木犀の花が満開でした。
それまで気づかなかったのは、せわしく歩いていたためでしょうか。それとも雨が多くて傘をさしていたためでしょうか。

新型コロナウイルス感染の第5波のピークは潮が引くように過ぎました。
昨日は、外来も病棟も静かでした。嬉しい限りです。

それにしても、患者・家族の皆様に、私たち医療者にも、重い後遺症が残りました。亡くなられたかたがたのご冥福をお祈りします。
私たちは軽症の患者の受け入れを昨年から始めました。陰圧室もない状況での受け入れでした(2020/11/27ブログ参照)。陰圧室を2部屋にして8ヵ月後、第5波がやってきました。急いで陰圧室を2つ追加し4室にしました。軽症はとっくに入院対象にはならず、結局、中等症 IIしかも重症に近い人達を最大6人受け入れることになりました。陰圧装置のない残り2部屋では、窓を開け、それぞれ扇風機2台を回し続けました。
ICUもHCUも持たない中小病院の限界を超えたと判断しても、重症者を受け入れる次の病院が見つからないという絶望を味わいました。
その中で職員は皆、必死に働いてくれました。犠牲者は出ましたが、多くの生還者の喜びの声を聞くこともできました。

入院には至らなくても、外来でたくさんの「つらい」という言葉を聞きました。
匂いがない、味が分からない。
命があればよいではないか、などととても言えません。
「そのうち治るでしょう」。
あてのない返事しかできませんでした。

嗅覚障害と味覚障害のうち、味覚は嗅覚よりも治りはよいとされます。嗅覚の異常はかなりの人に残ります。別の異常な匂いを感じる嗅覚錯誤や、存在しないはずの匂いを感じる幻嗅にも悩まされます。
軽症の早期に治療をすれば嗅覚障害に悩まされることはないのではないか。そう考えて私が始めたのが抗体カクテル療法でした。まだ22人に投与したに過ぎませんので、嗅覚障害の予防や改善にどの程度役だったのか、よくわかりません。

嗅覚を司る嗅細胞(嗅神経)は脳から出て頭蓋骨を貫き、鼻粘膜に直接繋がっています(2021/7/2ブログの図を参照)。嗅細胞は、脳細胞にしては珍しく、大人になっても生まれ変わる能力を持っています。しかし、新しく生まれた嗅細胞は匂い刺激がないと元の脳の回路には組み込まれずに死滅してしまうとされます。

この研究は東京大学耳鼻咽喉科のグループによって発表されました。2017/2/12のことです。コロナ・パンデミックの3年前でした。
それが今、コロナによる嗅覚障害の治療に役立つかもしれないとして脚光を浴びるようになりました。

その発表によれば、新生した嗅細胞は生まれてから7〜14日の間に匂い入力を受けないと細胞死してしまうというのです。これはマウスの実験ですので人の場合はどうなのか、その日数は同じか、などの問題はあります。

コロナ後遺症の嗅覚障害に悩む人に、この研究結果が少しでも役立つことを願っています。
3年前に発表されたプレスリリースの最後にこうありました。

「今後、適切な時期に嗅覚障害患者に匂い刺激を与えることで嗅上皮再生を促進させる、匂いリハビリテーションの臨床応用につながる可能性が期待される」。

そうか、「匂いリハビリテーション」か。
リハビリは、やはり奥が深い。

金木犀を「匂いリハビリテーション」に使えないか。
暇ができると、ふと、あらぬところに思いが向かいます。