「がんから学ぶ」という講演を昨年秋に茨城県のある大学で担当しました。公開講座で、聴衆は看護学部の学生と一般市民100名ほどでした。

今までに関わった患者さんのことを話しました。お元気であれば本人から、亡くなっていれば家族から予め許可をいただきました。患者は何を考え、治療をなぜ受けたのか、なぜ受けなかったのか、その後どうなったのか、自分は何を考え、今どう思っているのか、を話しました。

7人のがん患者さんを取り上げました。その1人がKさんでした。
進行膵癌でリンパ節転移が多数ありました。手術前夜に「膵がんは何をしても助からないと本に書いてある。明日の手術は受けない。」と強く主張されました。「今までに経験した膵がんとは感じが違う。手術で切除してみる価値がある」。
自信があったわけではありません。でも、本当にそう思って説得しました。受け入れてくれました。7時間10分の手術でした。術後は順調に回復し、抗がん剤も使わないのに(当時の抗がん剤は使っても使わなくてもほとんど同じ)3年、5年、7年と再発がありませんでした。10年過ぎたとき英語論文にして報告しました。がん巣へのリンパ球浸潤が目立っていましたので、これが関係しているのではないかという海外からのコメントがありました。
講演を間近に控えた昨年9月、敬老の日に直接会ってインタビューをしました。術後の28年間を語ってくださいました。生きながらえた残りの人生を、社会のため、次の世代のために、様々な奉仕活動に関わってきたことを話されました。

そのKさんがインタビューの7ヵ月後、私の講演の半年後、突然、脳出血で倒れました。
それでも奇跡的に回復し、リハビリ施設に転院しました。孫と一緒に杖なしで廊下を歩けるようになったとの知らせがご家族から届きました。北関東にあるその施設を訪ね、Kさんに会って来ようと思い、土曜日の午後、新幹線に乗りました。
乗って席に着いた直後、ご家族から「急変した」との連絡を受けました。訪問先を変更し、移送された病院で、昏睡状態のKさんにお会いしました。担当医の説明をご家族と一緒に聞き、無言のKさんを再び見舞って帰路につきました。

医師としての自分と、ひとりの人間としての自分とが入れ替わりながら、沈思のなかで30年間を回想しています。