8K内視鏡(2)

葉敏雄先生の2020年シュバイツァー賞受賞記念シンポジウム「8K 超高精細画像の発展と次世代医療」の後半は、「受賞記念シンポジウム」と座談会「先端画像技術の開発と医療への貢献」でした。
「受賞記念シンポジウム」では8K内視鏡を経験した4施設から発表がありました。
大分大学消化器・小児外科学教授の猪股雅史(いのまた まさふみ)先生からは「8K 内視鏡の臨床応用における課題と展望 -8Kフォーラムの活動を通じて-」の報告がありました。全国10施設の44手術症例についてアンケート調査を行った結果、術者・見学者の90%以上が臨場感・組織の認識度の項目で優れていると評価した一方、スコピスト(内視鏡を操作する助手)の77%が重量感で、50%が操作性・疲労感の項目で劣っていると評価したとのことでした。
立正佼成会附属厚生病院外科・杏林大学外科学客員教授の森 俊幸(もり としゆき)先生は2014年世界で初めて8K 内視鏡の臨床応用を遂げた経験を踏まえ、画像の高精細化だけでなく色域の拡大がもたらすメリットを取り上げました。2Kでは自然界に存在する色の74.4%しか再現しないのに対し、4K・8Kでは99.9%が表示可能とのこと。従って8Kでは解剖構造の視認性が向上して手術の安全性が向上するとともにAI支援やロボット手術の開発にもつながると述べられました。
慶應義塾大学外科学教授・同大学附属病院前院長の北川雄光(きたがわ ゆうこう)先生は食道がん手術の特殊性(複雑な解剖・胸部での奥深い操作・広範なリンパ節転移)による術後合併症の多発と長期生存率の低さを克服すべく、8K内視鏡手術を応用している現状を話されました。超高精細画像の拡大視効果により反回神経麻痺(術後の誤嚥性肺炎の主な原因で死因につながる)の防止や、確実なリンパ節郭清の施行に有用であり、事実、術後早期成績の向上(=術後合併症による死亡率の低下)と長期成績の向上(=がん再発率の低下)を達成しているとのことでした。8K内視鏡の今後の課題についても多くの示唆に富む提言がありました。
国立がん研究センター中央病院婦人腫瘍科科長の加藤友康(かとう ともやす)先生は子宮頸がんの術後に多発する自律神経障害のことを話されました。子宮頸部の浸潤がんに対しては広汎子宮全摘が適用されますが、その切除範囲には骨盤機能を司る自律神経が含まれます。膀胱への神経温存がなされないと術後に骨盤機能の低下、特に排尿障害が顕著に出てきます。がんは治っても長期間に及ぶ排尿障害は生活の質を著しく低下させます。膀胱への神経枝を温存しつつがんの根治性を損なわない切除をするのに8K内視鏡が有効であろうと結論されました。
座長を私と一緒に務めた渡部祐司先生(愛媛大学消化管・腫瘍外科教授・同大学附属病院副院長)から「8K内視鏡は手術の安全性に貢献するか」という質問が発せられました。演者は全員、肯定的な返答でした。

千葉敏雄先生と妹尾堅一郎先生(産学連携推進機構理事長)の司会による座談会「先端画像技術の開発と医療への貢献」では、医学系の2人(国際医療福祉大学消化器外科学教授 矢永勝彦(やなが かつひこ)先生・大阪大学産科学婦人科学教授 木村 正(きむら ただし)先生)と工学系の2人(産業技術総合研究所情報・人間工学領域長 関口智嗣(せきぐち さとし)先生・東京大学先端科学技術研究センター サービスVRプロジェクトリーダー 廣瀬通孝(ひろせ みちたか)先生)がそれぞれ専門の立場から自由闊達に語り合っていました。
医学系の先生がたからは高精細画像が外科医や患者のQOLの向上に役立つことが強調されました。工学系の先生がたからは我々医療者がほとんど考えたことのない話題が次から次へとほとばしるように出てきました。「イノベーション(技術革新)は単なるインベンション(発明)ではない。インプルーブメント(改良)でもない。技術を制度や社会連携につなげることである。ビジネスにもつながる」、「人と機械とが協調するコ・デザインが重要」、「工学系だけ、あるいは医学系だけで出発するのではなく最初から一緒になって行う必要がある」、「情報系のコストはすぐに安くなり思わぬ発展をもたらす。社会の中に浸透していく」。

こうした発言を聞いて思うのは「異分野」と話し合うことの重要性です。我々医療者はほとんど医療の中でしか動きません。他の分野との交わりが少ないと日頃感じていました。今回の新鮮さを忘れず、異分野への興味と関与を続けたいと思いました。