90歳の査読論文

昨年10/28のブログで森岡恭彦先生のことを書きました。
「治すこと時々、和らげることしばしば、慰めることいつも」という名言を残したのは誰か、という問題が医師国家試験に出たことが話題のきっかけでした。森岡先生がおっしゃるには、この言葉は全人的な医療の心構えとして喧伝されているが、国家試験ではその意味を問うのではなく、この名言を残した近代外科学の父と呼ばれているのは誰か、というものだったとのこと。
近代外科学の父と呼ばれているのは選択肢の中ではアンブロワーズ・パレしかいません。当然それが正解となるのですが、森岡先生は「治すこと時々、和らげることしばしば、慰めることいつも」はパレの言葉ではない、と言い切ったのです。では、誰が言い出したか、なぜパレの言葉だとして喧伝されるようになったのか、日本で誤って伝えたのは誰か、1年かけて調べた、面白いことが分かった、その結果を学会誌に投稿した、査読を受けているところだ。
ここまでが森岡先生が昨年語ったことです。

論文の査読(ピアレビュー)とは、その領域の専門家(ピア)が審査(レビュー)をして細かな指摘や質問を行い、それを受けて投稿者が修正(リバイズ)を繰り返し、最終的に論文の質を高めることを言います。一般に複数の専門家が査読します。査読には数カ月から半年、ときに1年以上を要します。査読を受けても必ず受理(アクセプト)されるとは限りません。そもそも論文の質が悪い、あるいはオリジナルな内容ではないと編集者に判断されると、その論文は受付の段階で即座に却下(リジェクト)されます。

あれから1年。
森岡先生の論文は査読を通過し、先月、発刊(パブリッシュ)されました(日本医史学雑誌2020;300-304)。論文の別刷1部を私宛に郵送してくださいました。
ありがたく頂戴し、一文、一文を丁寧に読ませていただきました。
概略は1年前にお聞きした通りでした。
「治すこと時々、和らげることしばしば、慰めることいつも」(時に癒し、しばしば和らめ、常に慰む)は、古今東西の文献を渉猟し検討した結果、出典は不明、アンブロワーズ・パレの言葉ではない、というのが結論でした。
この結論に至るまでに、「治すこと時々・・・」の言葉に触れた多くの先人と、言葉の由来を調べたいくつもの研究論文とを詳細に追って行かれました。査読者から、「この論文がある」、「あの論文もある」という指摘を受けたようです。参考文献は28編挙がっていました
私は査読者ではありませんが、森岡先生から昨年お話をお聞きしたあと自分なりに少し調べて手紙でお伝えしたことがあります。今回の最終論文にそのことがごく一部載っていました。

論文別刷に添えられた先生のお手紙には、「我が国では今後も誤ってパレ説が横行しそうで、老婆(爺)心ながら警告しようというので老骨に鞭打ってとうとう医史学会の例会で報告し、今般は論説を書きました」、「いろいろ学ぶことも多く、90の手習いでしょうか」とありました。

査読は、論文を書くほうも審査するほうも、努力と忍耐を要します。
90歳になってもなお真実に向き合おうとする姿勢、また、査読を受けてでも学術論文を書こうとする姿勢。初対面から39年。私は今もなお森岡先生から多くのことを学んでいます。

森岡先生は先日、第6回山上の光(さんじょうのひかり)賞を受賞されました。この賞は、全日本病院協会と日本病院会が日本の健康・医療の分野で活躍する80歳以上・35歳以下の方々を顕彰するものです。
査読論文の1件でも森岡先生は受賞に値します。
謹んでお慶び申し上げます。