ACPはadvance care planningの略です。片仮名で書けば、アドバンス・ケア・プラニングです。新しい動きに新しい用語を使うのはよいとしても、片仮名は誤解のもとになります。
日本語で「アドバンス」といった場合、一般の日本人はどうイメージするでしょうか。アドバンスト advancedは、「最新の、先進的な」という意味の形容詞です。では、アドバンス・ケア・プラニング advance care planning(ACP)のアドバンスはどういう意味でしょうか。「最新、先進」とは異なる意味です。

「in advance」という文言をご存知でしょうか。「前もって、あらかじめ」という成句です。
英語で相手に頼み事をして引き受けてもらえることを前提にお願いしたとき、最後に
Thank you in advance.
として手紙(メール)を結べば、
「あらかじめ、ありがとう」→「よろしくお願いします」
という意味になります。
したがって、「advance」には「進歩、前進」、それから派生して「言い寄り、口説き」という意味と同時に、「あらかじめ、前金」という別の意味もあるのです。

Advance care planning(ACP)のアドバンスは、後者の意味です。「あらかじめ、事前」という意味です。日本語でアドバンスと言う場合、この意味で使われることは皆無に等しいと思います。
それなのに、ACPあるいはアドバンス・ケア・プラニングのままで臨床現場に流行らせようとする厚労省や一部の緩和ケア関係者の考えは驚きです。

誤解していただきたくないのは、私がadvance care planning(ACP)の考え方に反対しているということではありません。考え方は大賛成です。

日本語に置き換える大切さは、インフォームド・コンセント ICを「説明と同意」としたためにとんでもない誤解が生じ、今の日本でその誤解が席巻してしまったことでも分かります。ICに対しては「理解と決定」、「納得と選択」のほうが適切だと提案しました(8月16日のブログ参照)。
アドバンスを「上級」と勘違いしてACPを「上級ケア計画」→「一歩進んだケア」と誤解している人がたくさんいるように思います。実は、私自身、最初にこの言葉を聞いたときそう解釈しました。アドバンスはアドバンストadvancedの初歩的間違いだろうと思ったくらいです。

アドバンスが「事前」というほうの意味だと知ってもう一度驚きました。ならば、「事前ケア計画」でいいではないか。アドバンス・ケア・プラニングとか、ACPなどと言うよりも、「事前ケア計画」で十分ではないか、と思ったのです。

厚労省もアドバンス・ケア・プラニング ACPをそのまま周知させるのはさすがに気が引けたのだと思います。ACPの愛称を募集したのです。そしてその愛称が「人生会議」に決まったというのです。三度目の驚きです。
日本語のセンスを疑います。「人生」の使い方は目をつぶるにしても、「会議」はいけません。日本語で「会議」の語感は、「大人数、堅苦しさ、形式的、多数決」です。
厚労省は、吉本の芸人を使って「人生会議」のポスターを作ったところ、批判を浴びたためさっさと回収してしまいました。「人生会議」という文言を除けば、このポスターの趣旨に私は賛同します。何がまずかったかと言えば、やはり「人生会議」です。

繰り返しますが「事前ケア計画」でなぜダメなのでしょうか。

私が考えるダメな理由は1つあります。それは「ケア」という日本語の「まずさ」です。日本の医療界、特に看護・福祉の世界では、「キュアとケア」という使い方をよくします。「医療と看護」、「医療と介護」という対比を表す同韻表現です。つまり、医療は治すキュアを目指す、一方、看護・介護はケアを目指す、という意味合いです。
ところが、英語のcareは診断や治療を意味する言葉、つまりcureも含む言葉です。要するに、医療のことを言います。その証拠に、アメリカの公的医療保険制度はMedicareメディケアです。介護保険に当たるのがMedicaidです。ケアcareとエイドaidを対比するのであればよし、です。

そうすると困ったことが起きます。「事前ケア計画」と言うと、日本語のケアは英語のaidすなわち看護・介護の意味合いのみを指すので、医療行為・治療行為が入ってこないです。ところが、本来のadvance care planning(ACP)は医療行為・治療行為を含めているのです。
さて、この問題をどう解決するか。

ACPが日本で広がるきっかけになったのが、厚労省の「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」のガイドライン(2007年)です。ここでは「医療」となっています。ところが、11年後の2018年にガイドラインを改訂しました。それが「人生の最終段階における医療・ケアのプロセスに関するガイドライン」です。
英語のcareの意味するところから検討会の名前は当初「医療」だけだったのに、医療と対峙する「ケア」を入れるべしという意見が(おそらく)強まり、しかし「ケア」だけだと誤解を招く、それで「医療・ケア」とした、に違いありません。
私は検討会の議論をじかに聞いたわけでもなければ議事録を読んだわけでもありません。単に検討会のご苦労を感じたまでです。

私自身、日本語の意味するケアは医療に含まれるべきだと考えています。医療と介護との対比がされますが、それは間違っていると思っています。人の病・悩みを治すのも癒すのも医療だからです。

となると、英語の原意を汲んでadvance care planning(ACP)は「事前医療計画」でよいということになります。硬い言葉であるのは認めます。原語も硬いので仕方ありません。愛称は「あらかじめ考えておこう」で十分かもしれません。