Beyondコロナの感染制御

第403回ICD(インフェクション・コントロール・ドクター)講習会が先週土曜日夕方、福岡市の九州大学医学部百年講堂で開かれました。私はオンラインで受講しました。ICD制度については以前説明しましたので割愛します(2020/2/17・2020/8/24・2021/5/24・2021/12/20ブログ参照)。

今回のテーマは「Beyondコロナの感染制御」。
「Beyondコロナ(COVID-19)」という表現を最近目にするようになりました。訳せば「コロナを乗り越えて」ということでしょうか。ネットで検索すると日本でも英語圏でもだいぶ使われるようになっています。例えば「Beyond COVID-19のリアルオフィスの役割」(竹中工務店)、「第16回キッズデザイン賞でBEYOND COVID-19特別賞を受賞」(三菱電機株式会社)。青森県は「We can get over!〜beyond COVID-19〜」*というプロモーションビデオまで作成していました。英語の本・論説・エッセーも多数見つかります。従来使われてきた「Withコロナ」(コロナとともに)、「Afterコロナ」(コロナ後)とは異なるニュアンスがあるようです。簡単に言い換えると、「パンデミックを乗り越えて希望のある未来をつくる」という意味合いかもしれません。
*https://aomoriovation.jp/hsscm/latest.html

本題です。本講習会は第23回日本口腔ケア協会学術大会・日本口腔ケア学会秋季大会に併せての開催であるため、歯科口腔に関係した演題があるのが特徴でした。

「感染対策における口腔ケアの重要性について」(九州大学院歯学研究院 口腔顎顔面病態学講座 柏﨑晴彦教授)では、口腔の特殊性と口腔ケアの重要性が取り上げられました。歯科診療科のない我々のような小規模病院でも口腔ケアの重要性は認識されています。とくに患者の嚥下機能に関わる医師や看護師、リハビリ療法士には関心の深い領域です。それでも歯科口腔の専門家による講演は有意義でした。「口腔は人間らしい生活に不可欠の機能を有している」、「温度・湿度(唾液)・栄養(食物残差)の3条件が揃っているため多くの微生物が生息している」、「歯垢(しこう;歯のアカ)の7-8割は細菌の塊」、「歯垢1mgに数億の細菌がいる」、「グラム当たりの菌数は糞便よりも多い」、「虫歯や歯周病の原因は細菌である」、「だから口腔ケアが必要である」。
口腔ケアにより誤嚥性肺炎・人工呼吸器関連肺炎・食道癌/頭頸部癌術後合併症だけでなく、コロナやインフルエンザの予防あるいは重症化予防になることが強調されていました。

「COVID-19の現状と課題」(九州大学病院総合診療科/グローバル感染症センター 下野信行教授)では、世界の発生動向、変異株の推移、オミクロン株の特徴、オミクロン株流行期の小児感染に特徴的なMIS-C(小児多発炎症性症候群;川崎病に症状が類似、高熱・下痢・腎不全・心不全の併発あり)、新たな治療薬、検査の偽陰性・偽陽性の問題などを解説されました。強調されていたのはコロナだけに目を奪われてはいけない、重要な疾患の併存を見逃さない、ということでした。

「ワクチン接種と医療施設における感染対策の実際-感染管理認定看護師の立場から-」(九州大学病院感染管理認定看護師 小林里沙看護師長)では、日本有数の大学病院での今までの取り組みと今後の課題が紹介されました。多くの医療従事者を抱える大学病院ならでの対応は素晴らしいものがありました。しかし大規模だからできた、できる、というわけではなさそうです。私たちのような小規模施設であっても基本は変わらないと感じました。ここでも強調されたのは、コロナ以外の診療に遅れがあってはならないということでした。コロナ以後を見据えた観点ですが、考えてみると、コロナ以前から変わらない大事な点だと思います。

「歯科におけるCOVID-19の対応と感染対策」(九州大学病院医療技術部歯科衛生室 岡留朝子歯科衛生士)では、歯科外来診療の流れがまず説明されました。私は医療機器に興味を持ってきましたが、歯科診療器具を詳細に解説されたのは初めてです。ガス圧式ハンドピース(切削装置)、フラッシング装置(残留水自動排出装置)、スリーウェイシリンジ(水・空気・両者の3通りの噴霧装置)などはもっと詳しく聞きたかったところです。が、今回は感染対策が話題です。ハンドピースやシリンジは患者ごとの滅菌ないし交換が必要でその具体的な方法が示されました。そのほかの感染対策として、診療前の洗口剤(うがい薬)が紹介されました。歯科診療では特にエアロゾル対策が要になります。個人防護用具(PPE)の着用とともに吸引装置の適正使用が強調されていました。口腔外バキュームという装置は口腔から漏れ出るエアロゾルを吸引するのに役立つとのことでした。デモの写真を見る限り有用なようです。
私たちの日常診療でも難聴患者の耳に顔を近づけて大声で話す場面が少なくありません。これは患者にも医療者にも感染リスクを高めます。メガホンを使うのが安全ですが、いつもそうしてばかりはいられません。バキューム装置が気軽に使えるようになるとよいかもしれません。

今回の講習会では感染予防の基本、一般診療の基本の重要性が何度も強調されていました。「希望のある未来をつくる」ためにも「基本」を見直すよい機会だったと感じました。