がんゲノム医療は従来のがん治療のブレークスルーになることは間違いありません。どのくらい役立つでしょうか。
それを知るには、がんの中で治療成績が最悪と言われる膵臓がん(通常型膵管がん)でどのような有用性があるのかを見るのが一番のように思います。

7月18日のブログ(膵臓がんの新たな薬物療法)で紹介しましたように、アメリカの膵がん患者の会(Pancreatic Cancer Action Network)が展開しているKnow Your Tumorという膵がんゲノム臨床研究があります。その途中成績が公表されています(Clin Cancer Res; 24(20) October 15, 2018)。生存期間ではなく無増悪期間となっていますが、従来治療との差をみるには参考になります。その結果が世界的な医学雑誌に載りました。グラフを示します(図1)。Highly Actionable w/ Matched Therapyというのは有用な遺伝子変異が見つかり、かつ、治療薬が存在して使用できた群です。この群は、有用な遺伝子変異が見つからなかった群(No Highly Actionable)や有用な遺伝子変異があっても治療薬がなかった群(Highly Actionable w/ Unmatched Therapy)よりも無増悪期間が長くなっています。それだけ、長期生存が得られる可能性が高いということになります。この成績は12ヶ月すなわち1年間だけの成績とは言え、従来成績を倍くらいに上げる可能性を示唆しています。

図1


 

ところで、膵がんと同じくらい治療成績の不良なのが胆道がんです。胆道がんとは、胆嚢がんと胆管がんのことを言います。膵がんほどでないにしても、治療成績は肺がんよりもはるかに不良です。ところが、ある薬でそれが格段に向上することが先月のアメリカ医師会雑誌JAMA Oncology (published online Oct 17, 2019 )に載っていました(図2A-D)。胆道がんを胆嚢がん(A)・胆管がん(B)、十二指腸乳頭部がん(C)の3つに分けて検討しても、全体をまとめても(D)その薬剤の使用群(オレンジ色)が非使用群(青色)よりも格段に生存率をあげているのが分かります。その薬は何でしょうか。

それはアスピリンです。しかも低用量ですから1日5円位です。
少し説明します。アスピリンを始めとして抗炎症鎮痛薬と言われる薬は、腫瘍の生成や増殖を抑えるのではないか、ということは昔から言われています。動物実験では証明されるもののヒトでの実証はなかなか困難です。
今回のJAMAの論文は、あくまでも後方視的な研究です。心筋梗塞や脳梗塞を起こした人は再発予防として抗血小板作用のあるアスピリンを飲むことが少なくありません。胆道がんと診断されたとき、たまたま心臓病や脳梗塞でアスピリンを服用していた人とそうでない人とで、手術成績を比較してみると、アスピリン服用者の生命予後が格段によかった、というのが論文の趣旨です。

アスピリンを飲んでいる人は手術のリスクがありますから、早期の胆道がんが対象になっているのではないか、などの問題点は確かにあります。後方視的研究の弱点です。一方では、アスピリン服用者の手術は消化器外科ではよくあることで、1週間休薬をすれば、普通に手術が行えます。アスピリンを服用しているかどうかで、手術適応や手術術式を変えることはないと個人的には考えます。ですから、アスピリン服用の胆道がん患者の長期予後がこれ程よいというのはかなりの驚きです。

アスピリンは、がんゲノム医療と比べて劣らぬ成績を出す「可能性」はあるように思います。費用対効果の点で数万倍優れているかもしれません。その「可能性」について誰か研究してもらえないでしょうか。患者さんの必死の眼差しを思い浮かべながら願います。
 

図2