松井秀喜氏の“志”(院長)

松井秀喜氏の“志”     (院長)

2026年10月23日、松井秀喜氏のジャイアンツ(読売巨人軍)監督就任が発表され、会見が行われました。松井氏にはアメリカに残る選択肢もあったと思われますが、まずは帰ってきてくれて良かったです。

Ⅰ.松井選手の記憶

私の中での松井選手は、甲子園での“5打席5敬遠”に始まります。試合後のインタビューで、彼は敬遠について、相手を責めるような言葉を口にしませんでした。プロ入り後は「高校時代に5回敬遠されても仕方なかった」そう言われるような選手になりたいと頑張ってきたそうです。高校3年の頃、すでに彼は大人=人格者であったと感じています。彼の背番号が55番であった理由としては諸説ありますが、私は“5打席5敬遠”が理由だと推測しています。

Ⅱ.「私は志が低かった」

2023年4月28日「第123回日本外科学会定期学術集会」で、松井氏は「人にない“武器”をどう身につけるのか」というテーマで講演をされました。その中で大谷翔平選手と自分を比較して、「私は志が低かった」と述べています。具体的には、松井氏の目標・夢はチームの一員としてワールドシリーズ制覇することで、これは2009年に自身がシリーズMVPを獲得する活躍もあり達成しました。しかし、松井氏は「首位打者を獲りたいとか個人的なものはなかったのかもしれない」と述べていました。大谷選手の場合は、個人の目標も細かく設定しています。松井氏も状況に応じて思考を変えることで壁を乗り越えてきたそうです。しかし、大谷選手とは“志”の点で差があったと感じているそうです。

Ⅲ.松井氏の会見をみて感じたこと

会見は、長嶋監督の話から始まり、渡米前、渡米後の自分の気持ちを順序だてて話していました。視聴者には大変わかりやすい話で、また取材している記者の方々への配慮も感じました。話の中心は、自分を支えてくれた方々や家族への感謝と気くばりでした。以前より一流の野球選手としてのみでなく、一流の人であろうと想像していましたが、会見を見て再確認しました。

Ⅳ.松井氏の今後に関して:私の願い

適切な時期を待ち、万を持して、帰国される松井新監督にはもちろん期待しています。大リーグでの24年間の経験を生かして、日本で新しい時代を作ってくれることと思います。松井氏は渡米後の大半をニューヨークヤンキースの一員として過ごしており、現在も球団GM付特別アドバイザーとして若手選手の指導にあたっています。温厚で誠実な性格として知られているそうです。私の願いは、松井氏がジャイアンツの監督を経て、近い将来ヤンキースの監督となられることです。

おわりに

・松井巨人新監督の話を書きましたが、私は巨人ファンではありません。30歳の頃より西武ライオンズ球場に行き、東尾・工藤投手の快投や秋山・清原選手のホームランを期待しました。新生球団の上昇と黄金時代を十分に楽しみました。

・松井氏の目標は「いい野球人生を送ること」だそうです。もちろん、時代背景や考え方は人それぞれ違いますが、自分の『目標や夢』に向かって進んで行きたいものだと感じています。

 

2026年10月27日

石川 進

 

付記

関連する項目として、次の2編を病院ブログに掲載済です。ご一瞥頂ければ幸いです。

・監督の財産―栗山英樹氏著 (2024年11月17日付)

・夢は何ですか? (2024年9月23日付)